2026年3月13日
3月7~9日、宮城で「東和薬品presents羽生結弦notte stellata 2026」開催

悲しみや傷に向き合いながら、生きていく。「羽生結弦notte stellata 2026」

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東日本大震災の発災から15年となる今年、3月11日に前後して羽生結弦さんが故郷宮城から贈る「羽生結弦notte stellata」が、3月7~9日に宮城・セキスイハイムスーパーアリーナ(グランディ・21)で開催されました。今回で4回目を迎えた、羽生結弦と仲間のスケーターたち、そしてアーティストとのコラボレーションで贈る、被災地から希望を届けるアイスショー。今回は、東北ユースオーケストラと共演を果たし、4回目にして原点ともいえるようなパフォーマンスが繰り広げられました。

羽生結弦、被災地を中心に演奏活動を行う東北ユースオーケストラとともに舞う

照明が消えた会場全体に、無数のペンライトの輝きが星空を作り出す。「notte stellata」、イタリア語で満天の星空。16歳の羽生結弦が避難所で見た星空に由来するオープニングは、このショーの恒例となっている。震災から15年という節目の年でもある今回、星空のもとに登場した羽生結弦が滑る「Notte Stellata」はいっそう美しく、慈しみの心に満ちていた。

羽生がコラボレーションで滑ったのは、まず第1部で「Happy End」、そして第2部で「八重の桜」だ。共演は東北ユースオーケストラ。坂本龍一氏を発起人に、被災した学校の楽器の点検・修理をするプロジェクトから誕生、オーケストラ編成から11期目を迎え、岩手、宮城、福島の小学生から大学生までが所属する。今回の公演では、坂本氏が音楽を担当した映画「戦場のメリークリスマス」から「Merry Christmas, Mr. Lawrence」、代表曲「Happy End」、映画「リトル・ブッダ」より「Little Buddha」、大河ドラマ「八重の桜」のテーマ曲を演奏し、「Happy End」と「八重の桜」で羽生と共演。音楽の解釈について、羽生はオーケストラのメンバーに直接語りかけたといい、若い世代と交流する貴重な機会ともなった。

「Happy End」故・坂本龍一氏の代表曲のひとつを、羽生結弦自身が振付け、坂本氏の心を受け継ぐ東北ユースオーケストラの演奏で ©Yazuka Wada

「Happy End」は羽生自身のセルフコレオグラフィー。氷の上に横たわった羽生が、音楽に導かれるかのように身を起こす。リフレインが印象的な曲想とシンクロしながら、スケーティングで、スピンで、自身の想いを伝えていく。彼自身が発信するメッセージと、音に反応する鋭敏な感性が、時代を超える名曲によってさらに際立ち、心にまっすぐに迫ってくるようなパフォーマンスだ。

15年経って、自分自身の悲しみや傷への向き合い方、付き合い方をちょっとずつ理解しながら、前に進んできたつもりです。15年という時があったからこそ、逆に、傷に向き合おうという気持ちも出てきたり、あれがあったからこそ今こうやって学んで生きているんだ、強く生きているんだということを表現したいと思って、『Happy End』は振付を自分でしていきました。

ぼくのプログラムに『天と地のレクイエム』という楽曲があるんですけど、それは震災に直接気持ちを寄せて、当時のがれきの道であったり、空港の周りに車やがれきがいっぱい積んであるような光景みたいなことを表現しながら、そこにひとつの魂が、みたいな感じで思っていたんです。でも今回は、坂本龍一さんの曲で、この曲を書いた当初がずっと病に蝕まれていたころだとお聞きしていたのもあって、震災の傷……宮城県、復興は間違いなくしているんですけど、ちょっとずつ残っている傷跡であったり、ぼくがアイスリンク仙台で滑るときに残っている壁の傷であったり、『補修はされているけれども見える傷』みたいなものを感じながら、それにまた蝕まれながら、苦しんでいるけれども最終的にはその傷も全部自分なんだと受け入れながら、演技が終わったあとに、次があるよって思えるようなプログラムにしたつもりです。

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いっぽう、ショーの終幕に披露された「八重の桜」は、やはり坂本氏の作曲で、もともと会津藩を舞台にしたNHK大河ドラマ「八重の桜」のテーマ曲。東北ユースオーケストラが大切に演奏し続けている音楽でもある。デイヴィッド・ウィルソンが新たに振付けたこのプログラムは、着物風の衣装と片肩からたなびくケープでも世界観を表現しながら、ふわりと空中で回転するジャンプ、前に後ろにとオフバランスを繰り返すパッセージなど、より穏やかな癒しを感じさせるようなパフォーマンスに。

東北ユースオーケストラが弾ける曲のラインナップから、選ばせていただいたなかの1つです。ぼく自身、最後のフリープログラムとして『天と地と』という曲を選んでいたんですが、その続きとして『八重の桜』を演じたいという気持ちがありました。大河ドラマの内容にはそんなに干渉せず、どちらかというとぼく自身が『天と地と』を滑り終わり、このステージに立って、どういうふうにこれからの人生を生きていきたいか、そして最終的に皆さんの人生の轍の中に何かを残してこれたかな、というようなイメージで、最後にひとつひとつ思い出を置いていく、みたいなイメージで作りました。

「八重の桜」で羽生結弦と東北ユースオーケストラが共演 ©Yazuka Wada

羽生が氷に立つたびに、その一挙手一投足が作り出す輪郭の鮮やかさに何度でも驚かされる。メンテナンス期間を終えて、彼自身の表現のツールであり、作品でもある身体性が、さらに進化したことをうかがわせた。メンテナンス期間の学びを、羽生はこう振り返った。

体の動きをいろいろ勉強してきました。いかに我流でいままでやってきたのかを改めて発見しました。フィギュアスケートは人気のある競技ではあるんですが、実際に競技人口が多いかといったらそんなに多いスポーツではない。科学的な根拠のある研究がたくさんあるわけでもないです。そういった研究的に未開発なスポーツのなかで、どれだけ根拠のない練習と、根拠のない技術を身につけてきたのかというのを、改めて実感しました。フィギュアスケーターとしてだけじゃなくて、スポーツに携わる人間、ダンスに携わる人間として、こういう体の使い方をしなきゃいけないという基礎のき、くらいはちょっと学んで来れたのかなという気がしています。

ぼくらの身体表現という部分において、理にかなっているからこそ、人間として綺麗だよねという動きが、きっとあるなと思って、(『Happy End』の振付でも)感情の土台として入れていったイメージがあります。平昌オリンピックのあとに、表現って、芸術って、技術が基礎にあるという話をさせていただきましたけど、メンテナンス期間を経て、感情をのっけるためには、やっぱり技術的なこと、基礎的なことがあるから、その上にやっと感情がのせられるんだということに気づきながら、ひとつひとつ丁寧に作ったプログラムではあります。

スケーターとして、表現者として、未知の学びを得ることに貪欲に取り組みながら、その学びが、これまで軸として探求してきた考え方につながっていく。そんな時間を過ごしながら、また新しい姿を観客に提示した羽生結弦。進歩を止めることのない真摯な生き方を映したパフォーマンスに、惜しみない喝采が降り注いだ。

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親交の厚いスケーターたちによる珠玉のパフォーマンス

ショーを彩った仲間のスケーターたちも、それぞれの想いを滑りに託して届けた。仙台出身の本郷理華がRADWIMPS「すずめ」でメッセージ性のある曲想と響き合うスケーティングを見せると、鈴木明子がショパンの「別れの歌」で端正な滑りを堪能させる。無良崇人は藤井風「帰ろう」で、彼が日本語歌詞の曲を滑るときに立ち上がる独特のエモーションに満ちた空間を作り出した。ヴィオレッタ・アファナシバはフープを使ったパフォーマンスで空気を一変、ジェイソン・ブラウンは「Say Something」での心を打つ滑りと最後の挨拶での人なつこさのギャップで笑みを誘う。羽生の盟友ハビエル・フェルナンデスは「Prometo」のスペイン語のバラードに、シンプルで虚飾のない自分らしさを溶かし込んでみせた。

後半では、東北ユースオーケストラが演奏する「Little Buddha」でのスケーターたちのグループナンバー、アファナシバの再登場に続き、シェイリーン・ボーン・トゥロックが「La Cumparsita」で椅子をダンスパートナーに見立てた鮮烈なダンスを披露。フェルナンデスが「You are so beautiful」でハートフルに魅せると、田中刑事が「君の名は。」でスピードにのったコンテンポラリーな振付のダンスで引き込んだ。田中のプログラムでは振付も手掛けた宮原知子が次に登場し、「パリは燃えているか」で四元素をテーマに、身体表現と哲学的な思考をつなげる深みのあるパフォーマンスを見せる。その空気を引き継ぐように、ブラウンが現代音楽の傑作「鏡の中の鏡」を完璧に視覚化してみせ、アーティストとしての本領を発揮。いずれも羽生と親交が長く、公演の理念に共鳴して参加しているスケーターたちの、被災者への想い、自身の芸術性を表現する珠玉のパフォーマンスばかりだった。フィナーレ恒例の「希望の歌」では、スケーターたちがさまざまな組み合わせで会場を盛り上げ、復興への想いを同じくする仲間同士の、そして会場に集った観客との連帯感にあふれる幕切れを作り出した。

会場のサブアリーナでは、出張「輪島朝市」と題して、羽生が復興支援に力を入れている能登から、物産ブースが数多く出店。海産物や漆塗りの工芸品など、さまざまな能登の名産品が並び、宮城産品を扱うブースと合わせて、会場を訪れた多くの観客が熱心に見て回った。ライフワークとして復興支援を続ける羽生の取り組みが、公演とはまた違う形で結実した場となっていた。

コラボレーションをさせていただいた東北ユースオーケストラのなかにも、震災後に生まれたよという方、当時は幼くて記憶がないという子もきっといて、そういう子たちが、坂本龍一さんが募ったおかげで、復興や震災のことを考えてすごしていると思う。ぼくは当時16歳でしたけれども、ぼくもやっぱり伝えるべき立場として頑張っていかなきゃいけない、使命があるんだということを、若いながらに使命を帯びたような気がしていた。東日本大震災だけじゃなくて、その後に起きた災害の地域にも行ったところ、やっぱりあれがあったから、防災の意識が変わって、守られた命、守られた生活もあって、そういうことが伝わっているからこそ、『減災』が続いていくんだなと思っているんですよね。ぼくらも、当時を知っている人間だからこそ、世代は生まれ変わっていくし、新しい命も芽吹くけれども、こんなことがあったんだよ、だからこういうふうに守るということを学んだんだよ、というのは、ずっと続けていきたいなと思います。

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