男性ダンサーが白鳥を演じる『白鳥の湖』(1995)など、クラシック・バレエの名作を大胆な解釈で現代に蘇らせている英国の振付家マシュー・ボーン。このたび彼のカンパニー、ニュー・アドベンチャーズの5年ぶりの来日が実現し、先週『ロミオ+ジュリエット』の初来日公演が東急シアターオーブで開幕しました。
じつは、ボーンは大のフィギュアスケート・ファン。彼が作り上げた『くるみ割り人形』の雪の場面は、冬季オリンピックで3連覇を果たした銀盤の女王で、のちにハリウッドで活躍したソニア・ヘニーへのオマージュとして捧げられているほどです。
バレエはもちろん、フィギュアスケートでも数々の名プログラムが存在する「ロミオとジュリエット」。フィギュアスケート・ファンの巨匠が手掛けた、現代的で躍動感あふれるダンスが魅力の新バージョンは必見の舞台です。来日前、ワールドツアー中のボーンに聞いた言葉とともに、作品をご紹介していきます。
真実から目をそらしたくなかった
シェイクスピアの原作は、14世紀イタリア・ヴェローナの恋人たちの物語。ボーンの描く『ロミオ+ジュリエット』の舞台は、現代からそれほど遠くない未来だ。幕が開くと、斬新な舞台美術のなか、思想矯正施設「ヴェローナ・インスティテュート」に送り込まれた若者たちの姿が浮かび上がる。
近未来の出来事であり、それ以上にこれはいま現在の出来事でもある。だからこそ、ぼくは若いダンサーたちとともに創作したかったのです。クリエーションの間、彼らの話を聞き、彼らの関心事は何か、彼らにとって何が重要なことなのか、理解するようにしました。現代社会は若者が若者のまま成長するのがとても難しい。だからこそ、ぼくは舞台を「いま」にしたのです。
そこから矯正施設「ヴェローナ・インスティテュート」というアイディアが生まれるわけです。社会がその若者を正常ではないとみなしたために、ここに送られてくる。社会のほかのみんなと同じように、“正常”に戻すためです。
このインスティテュートは、現代社会そのものの比喩にも見える。
ぼくたちは真実から目をそらしたくなかった。現代社会において、心の健康と暴力は大きな問題です。ぼくの『ロミオ+ジュリエット』は愛らしいバレエではなく、現実を描いている。舞台ではたくさんの血が流れますが、それも現実の出来事と感じてほしいから。人々にショックを与えることになるかもしれませんが、これは現実にも起こっていることであり、それを描くことに尻込みはしたくなかったのです。
観客を驚かせたい
『ロミオとジュリエット』は、舞台、映画、バレエ、それこそフィギュアスケートにおいても、数えきれないほど上演されてきたストーリーである。「ぼくは絶対にほかとは違うかたちで物語を語りたいと思っていました」とボーンは話す。今回の作品の最後には、驚きの結末が用意されている。
結末を知っていても、誰にも言わないで。(笑)驚きのエンディングを用意したのは、観客みんなを驚かせたかったから。実際のところ、ラストはシェイクスピアの原作よりも優れていると自負しています。本当に悲劇的な終わり方です。ちょうど昨日はLA公演の初日だったんだけど、ぼくの隣には『リトル・マーメイド』で知られる女優メリッサ・マッカーシーが座っていました。最後、彼女が自分を抑えきれずに泣き出したのを見て、「やったぞ」と思いました。(笑)拍手や声援以上に、観客が涙を流しているのを見ると素敵な気分になります。
音楽は、ストーリーを語るためにある
フィギュアスケートと音楽が切っても切り離せないように、ダンスにとって、音楽はなくてはならないもの。ボーンは、音楽について、次のように語っている。
ぼくにとって音楽は、ストーリーを語るためにあるもの。脚本のような存在です。
プロコフィエフの音楽を聴くと、ケネス・マクミラン版を始めとする他の振付の物語が頭に浮かんでしまうと友人に言われたりもしました。ぼく自身にも少なからずそんなところがあった。だから、そういった考えを頭から追い払い、しっかりと聴き直すことで、この音楽が何を言わんとしているのかを理解しようとしました。
それはおそらく、ぼくがこれまで持っていたイメージとはまったく違ったものでした。ぼくが感じ取ったのは、何かを求める強い憧れの気持ちであり、それはどこか行き先があるようなものではありません。たくさんのアイディアがあふれでてきました。色彩豊かでキャラクターが躍動している。これがぼくの演出の土台になっていますぼくが音楽にしっかり寄り添って創作するのはそういう理由からです。プロコフィエフの音楽自身がたくさんのものを与えてくれるのです。
通常のバレエ作品と比べると、『ロミオ+ジュリエット』はかなりスピーディーな展開となっているのも興味深い。音楽を大胆に編集し、短くすることは至難の業だろう。プロコフィエフのバレエ音楽を編集するにあたり、どのような点に留意したのか。
『ロミオ+ジュリエット』では音楽を編集して使っています。いろいろ変更していますし、曲の順番も入れ替えています。音楽に合わせたストーリーの語り方を探したり、あまり知られていない曲を使ったりするのを楽しみました。いっぽう「騎士たちの踊り」のような有名な曲は繰り返して使っています。舞台はこの曲から始まりますが、これはみんながいつ出てくるかと待っているその気持ちをまず追い払いたかったからでもあります。そして、みんなが好きな曲を繰り返し使うことで、みんなに喜んでもらいたいという思いもありました。
以前は音楽に対する敬意から、音楽の順番も楽譜通りに従っていました。プロコフィエフの『シンデレラ』を振付けたときもそうで、全曲を順番通りに使って振付けました。でも、重たくなりすぎてしまって、後に音楽を削ったことがありました。
今回の『ロミオ+ジュリエット』では、もっと自由に音楽を使っています。新しく編曲を行う許可をプロコフィエフ財団からもらえたからです。これまでもたくさんの舞台で一緒に仕事してきたテリー・デイヴィーズの手によって、17名のミュージシャンによる、ぼくたちのプロダクションにぴったりの新しい編曲ができあがりました。なぜなら、ぼくたちの『ロミオ+ジュリエット』は、大がかりなものとはほど遠い、瑞々しく凝縮された物語であり、本能的な感情によって揺り動かされる物語ですから。
数々の名プロダクションが存在する『ロミオとジュリエット』。鬼才ボーンが初めて挑んだシェイクスピア作品を、ぜひ目と耳と、身体全体で感じてほしい。公演は東急シアターオーブで4月21日(日)まで。ロミオとジュリエットはトリプルキャスト。それぞれの個性が楽しめる。
(取材協力:「ダンスマガジン」)
<マシュー・ボーンの「ロミオ+ジュリエット」STORY>
舞台は近未来、反抗的な若者を収容する矯正施設“ヴェローナ・インスティテュート”。収容された者たちは、男女の接触を制限され、自由を奪われ、厳しい監視のもと、生活を強いられていた。看守のティボルトに虐待を受けているジュリエット、そして有力政治家の両親に見放されてやってきたロミオが、施設内で出会い、瞬く間に恋に落ちる。インスティテュートの仲間たちやローレンス牧師にも祝福され、愛を誓い合う2人。だが、幸せも束の間、悲劇が襲う……。