2024年12月7日
今年のプリンスアイスワールドは「ミュージカル・オン・アイス」がテーマ!

プログラム・ストーリー、ミュージカル編②~ミス・サイゴン&ラ・マンチャの男~

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 毎年、GWより開催される日本史上初のアイスショー、プリンスアイスワールド。今年は新章として、「ミュージカル・オン・アイス」をテーマに展開されます。そこで、本誌連載「プログラム・ストーリー」の番外編として、過去にスケーターたちが競技会で披露したプログラムの写真を交えながら、珠玉のミュージカルの数々をご紹介していきます。いずれもPIWで披露される作品からラインナップ。今回は「ミス・サイゴン」「ラ・マンチャの男」です。

「ミス・サイゴン」/ベトナム戦争の時代を生きたキムの愛とその悲劇

 「ミス・サイゴン」の舞台は、ベトナム戦争末期のサイゴン(現在のホー・チ・ミン市)。キャバレーで働く少女キムと米兵クリスが恋に落ち、2人は永遠の愛を誓う。しかし、クリスはキムを連れて行くことが叶わないまま、1人アメリカに帰国する。取り残されたキムは、いつかクリスに再会できることを信じながら、彼との間に授かった息子タムを育てていた。
 しかし、アメリカに帰国したクリスはエレンという女性を妻に迎える。戦友ジョンの手引きでクリスはキムとタムに会いにベトナムへ赴くも、エレンの存在を知ったキムは大きなショックを受けてしまう。そして、タムの将来を第一に考えたキムは、命を懸けた選択をする。
 「ミス・サイゴン」はプッチーニのオペラ「蝶々夫人」を、ベトナム戦争に舞台を置き換えて作られたミュージカル作品。戦争に翻弄された女性キムの愛と悲劇の物語が全編歌で綴られている。1989年にウエストエンドで初演され、日本では帝国劇場で1992年に開幕。以後、約30年に渡ってミュージカルファンに愛され続けている。

キムとクリスの愛を軸に作られた、中井亜美の出世作

 2022-2023シーズン、フリープログラムに「ミス・サイゴン」を採用したのが、トリプルアクセルを武器とする次世代のヒロイン、中井亜美。振付は宮本賢二だ。
 このプログラムは4曲で構成され、サイゴンの街の喧騒を表現したオーバーチュアから始まり、クリスとキムが互いを太陽と月に例えて愛を歌う「サン・アンド・ムーン」へ。このナンバーに乗せて、柔らかな笑顔が印象的なコレオシークエンスが展開される。その後、キムの元婚約者の死に際に流れるナンバー「トゥイの死」より、ベトナムの民衆が愛国心を歌うメロディーが抜粋され、最後はキムとクリスが結婚式の後に愛を語り合う「世界が終わる夜のように」で締めくくられる。
 当時のベトナムの雰囲気を感じさせるナンバーを挟みつつ、キムとクリスが愛を歌うラブソングを中心に構成されている。悲劇を題材にしながらも、演技の中で目に留まるのは中井の若々しい笑顔であり、「世界が終わる夜のように」でのステップシークエンスの振付も、若い芽が空に向かって伸びていくような印象を受ける。14歳の中井の目覚ましい活躍ぶりを象徴しているようなプログラムだ。
 12月に行われた全日本選手権では、フリーのなかでトリプルアクセルを2本成功させ、技術点では坂本花織に次ぐ全体2位の77.83をたたき出す。また、このフリーは、世界ジュニア選手権初出場の中井を表彰台に導き、まさに出世作と言えるプログラムになった。

宮原知子が滑ったオリエンタルな「ミス・サイゴン」

 宮原知子は、当時16歳だった2014-2015シーズンにトム・ディクソンの振付で「ミス・サイゴン」を滑っており、このシーズンは全日本選手権初優勝、世界選手権初出場でメダル獲得と、輝かしい成績を残す。
 宮原のプログラム構成もまた、オーバーチュアから始まり、キムが息子タムの幸せを願って歌う「The Sacred Bird」、「トゥイの死」、「サン・アンド・ムーン」へと続いていく。ベトナム戦争時の民衆のようすを描く曲が中心で、そのなかに母の愛を歌う「The Sacred Bird」と、キムとクリスの愛が静かに歌われる「サン・アンド・ムーン」が組み込まれている。コスチュームもベトナムの民族衣装であるアオザイを彷彿とさせるもので、振付に関してもアジアの伝統舞踊を感じさせるような動きがアクセントになっており、ベトナムを舞台にした激動の物語を4分間に凝縮させたプログラムと言えるかもしれない。
 また、母から息子への愛を歌うナンバーが組み込まれていたり、宮原が魅惑的な視線を向けるシーンもあることから、大人っぽい雰囲気も漂っている。

「ラ・マンチャの男」/「ドン・キホーテ」の作者、セルバンテスの物語

 「ラ・マンチャの男」の主人公は、スペインの国民的小説「ドン・キホーテ」の作者、セルバンテス。教会を冒とくした罪で投獄されたセルバンテスが、自身に向けられた嫌疑を晴らし、自らの信念を訴えるために、囚人たちを巻き込んで即興劇で「ドン・キホーテ」の物語を再現する。巻き込まれた囚人たちが誇り高いセルバンテスの姿に心を動かされていくというストーリーだ。
 1965年にブロードウェイで初演され、日本では1969年に帝国劇場で開幕。日本版では、二代目松本白鸚が2023年4月までの54年間にわたってセルバンテスを演じ続けた。

「見果てぬ夢」の1曲を余すことなく表現したジェイソン・ブラウン

 ジェイソン・ブラウンは、今シーズンのフリープログラムで、この作品の代名詞とも言える名曲「見果てぬ夢」の世界観を、ロヒーン・ウォードの振付で4分間たっぷりと表現した。この曲は老騎士ドン・キホーテと、彼を演じるセルバンテスの心情が重なりあう曲で、夢を実現させることがどんなに困難で望みが薄くても、誇りと信念を捨てずにこれからも歩み続ける決意を歌っている。
 このプログラムはジョシュ・グローバンの噛みしめるようにしっとりと歌うボーカルが特徴的だ。ブラウンの切れ目のないスケーティングとぴったりと融合しており、壮大なラストまで片時も目を離すことのできない名作となっている。

母国スペインの名作で夢をつかんだハビエル・フェルナンデス

 「ドン・キホーテ」はスペインが誇る名作。ハビエル・フェルナンデスは、平昌オリンピックシーズンに「ラ・マンチャの男」をフリーの曲に選んだ。スペイン初の五輪メダルを目指すシーズンの勝負プログラムであり、結果として彼は見事銅メダルを獲得した。
 このプログラムは4曲で成り立っており、導入はオーバーチュア、その後に即興劇の始まりを告げる「ラ・マンチャの男」、娼婦のアルドンザを空想上の貴婦人に見立てて歌う「ドルシネア」と続き、「見果てぬ夢」で締めくくられる。
 前半の2曲は観客をワクワクとした気持ちにさせるような軽快な音楽であり、「ドルシネア」ではしっとりとした雰囲気に変わる。そして「見果てぬ夢」では迷いのない力強いボーカルに乗せて、フェルナンデスが見事な正確さで音を拾いながらステップを踏んでいき、大団円を迎える。展開の分かりやすい、メリハリが効いた編曲だ。プログラム中にはカブリオールのようなバレエの動きも含まれており、バレエ版「ドン・キホーテ」へのリスペクトを感じさせるところも興味深い。


 困難な人生においても愛や信念を捨てずに生きた人々の生き様を感動的に描いた「ミス・サイゴン」と「ラ・マンチャの男」。極上のエンターテインメントであるプリンスアイスワールドにおいて、この世界観がどのように表現されるのか、期待は高まるばかりです。

▶イベント開催情報
プリンスアイスワールド2023-2024
4月29日~5月5日/KOSÉ新横浜スケートセンター
問い合せ先
※2023年4月28日現在
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