鍵山優真選手の素晴らしい演技はどこから生まれるのか
―― 鍵山選手のあの素晴らしいパフォーマンスは、どんな身体から生まれるのでしょうか。トレーナーとして、鍵山選手の強みはどこにあるとお考えですか。
「みなさん、おそらく演技を見て気づかれると思うのですが、動きの柔らかさがトレーニングを見ていても非常に出ています。たとえば、その場でジャンプするエクササイズをする場合、床をたたくような跳び方をするアスリートもいますが、彼の場合は、やわらかいバネのように、しっかり力を吸収して、そこから弾むように跳び上がるという、力の減速と加速のコントロールがめちゃくちゃ上手いです。足を着くタイミングに合わせて、膝の関節をうまく曲げて、乗り切ったところで、パーンと力を入れられる。あの柔らかさが彼の強みかなと思っています」
―― 動きの柔らかさは、生まれつきのものでしょうか。
「これは、(コーチの鍵山)正和さんとの長年の取り組みの成果かなと思います」
―― 鍵山選手の身体能力は、もしフィギュアスケート以外ならどんな競技が合うでしょうか。
「運動の得意不得意は、先天的なものもあるんですけれど、幼少期にどんな運動経験を積んでいるかによって、その能力が発揮されてきます。いまの能力をどう生かせるか、性格も含めて考えると、陸上の長距離や中距離も浮かんできます。鍵山選手は走り方も綺麗なんですよ」
―― 鍵山選手は、音楽表現も巧みで、音楽があると、身体が自然に動いてしまうタイプだと思いますが、そのあたりはどう思われますか。
「音楽は好きだと聞いていますし、鍵山選手はカロリーナ(・コストナー)と振付についても非常に細かく取り組んでいます。音楽との融合がすごい。カロリーナとやっている芸術的な表現のところを、正和さんの技術面によってうまく表現できるように、ぼくとしては、身体的なベースの部分を作れればと思っています」
―― フィギュアスケートの演技時間は、約3~4分ですが、身体的な疲労度は他のスポーツと比べてどうなのでしょうか。
「疲労度は非常に高いです。一般的な人が最大出せる心拍数が、だいたい220マイナス年齢の数と言われています。たとえば、20歳だったら、200。正確な数値は覚えていませんが、フリーの演技のあとは180~190になったりします。最大限出せる心拍数の9割5分ぐらいの強度までいく運動ですので、相当しんどいと思います。フィギュアスケートでは、短い間で持久力を維持する能力が必要かなと思います。サッカーや野球はプレイ時間が長いので、ドーンと上げたり、ちょっと落としたりの繰り返しになりますので、フィギュアスケートのほうが集中して高めになっているという印象です」
―― 1回のトレーニング時間はどのくらいが理想ですか。
「ハードな内容ですと、1時間くらいが限界です。このラボでは、ウォーミングアップから身体の機能を挙げるメニューも入れて、2時間近くやる人もいますが、鍵山選手の場合、集中力も考えて1時間くらいです。たとえば、後ろ足を台に乗せて、上半身を横から斜めにケーブルで引かれながら、前足に重心を乗せる練習もします。普通にウエイトを使うトレーニングだと、上下の運動には負荷がかかるのですが、フィギュアスケートでは、やはり斜めにもかかりますので、そういった練習も採り入れています」
―― 疲れを溜めないためには、どんなことが効果的でしょうか。
「疲れを残さないという点では、疲労物質をしっかりぬいて、血流をよくするために、入浴やお風呂上りにストレッチすること。回復する材料もないといけないので栄養、それから睡眠も非常に重要です。ジュニアであれば9~10時間、アスリート全般では最低8時間が理想と言われています。睡眠が減ると、やはりパフォーマンスが落ちますので、そこは注意しています」
―― フィギュアスケートについて、どんなイメージを持っていましたか。
「鍵山選手につかせていただくまでは、自分の担当している選手の競技を見ることに時間を費やしていたので、フィギュアスケートを見る機会はありませんでした。ですから、特別な印象を持たずにサポートを始めましたが、いま、フィギュアスケートは、ぼくの知っている限り、世界一美しいスポーツだなと思っています。音楽に合わせて行う競技はオリンピック種目では、フィギュアススケート以外では、アーティスティック・スイミングや新体操、女子体操、ブレイキンなど、非常に少ない。そのなかでも、あの速度感で音楽と合わせて行うというのは、フィギュアスケートならでは。男子選手であっても、女子選手であっても、動きとして美しいと思っています」
―― いろいろなアスリートを見てきて、鍵山選手はどんな選手だと思いますか。
「競技に対して、非常に真面目です。メリハリがしっかりしていて、興味がないというところは採り入れない。セルフマネジメント力が非常に高い選手で、自分で体調を整えるということに関しては、ずっと正和さんと長年培ってきたところかと思っています。鍵山選手の強さは、職業的な見方になってしまうのですが、技術の向上のため、身体の回復のためにやるべきことをきちんとやっていること。その結果、ベースラインがしっかりしているぶん、大きく崩れずにパフォーマンスができているのではないかと思っています」
―― 鍵山選手は、昨年末の全日本選手権で初優勝し、3月には世界選手権(ボストン)に出場します。さらにその先には、オリンピックシーズンが控えていますが、淺井さんとしては、どんなお気持ちでしょうか。
「身の引き締まる思いで、いつもサポートさせていただいています。鍵山選手は、自分がどうありたいかをしっかり明確に持っていますので、自分の目指すところにひたむきに向かっていっていただければというのが1番です。そのなかで、ぼくができるところがあれば全力でサポートしていきます」