2024年12月22日
プロスケーター、解説者、指導者として活躍する存在に聞きました

INTERVIEW 無良崇人「選手の個性を活かしながら」

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今回、全日本選手権男子シングルで前半グループのTV放送解説者を務めた無良崇人さん。最近では「ワンピース・オン・アイス」のクロコダイル役で鮮烈な印象を残すなど、プロスケーターとして活躍するのと同時に、指導者としても選手たちを教えています。とくに今シーズンは、父の無良隆志コーチとともに指導する岡山の「チーム無良」の選手たちが大きく実力アップ。その指導力も注目されます。現役時代から多くの後輩スケーターにさりげなくアドバイスし、彼らの成長の手助けをしてきた「ジャンプの目利き」に、現在の男子シングルをめぐる状況や、ジャンプ習得のポイント、指導の秘訣を教えてもらいました。

最年長、すごい点数出しました

無良崇人さんが取材に応じてくれたのは、全日本選手権で男子SPが終了したばかりの時間帯。男子SPは2度目の現役生活を送る織田信成選手が、「マツケンサンバ」でSP5位の大健闘を見せた試合となった。2005年から2017年まで13回連続全日本に出場した無良さんにとっては、同時代に全日本を戦い、2008年には織田選手が金、無良さんが銅でともに表彰台に立ったこともある間柄だ。

「今回はそれぞれの思いを感じる全日本ですね。うまく実力が出せている選手、なかなか出しきれない選手など、いろいろな選手がいますが、そのなかで最年長(織田信成)がすごい点数を出しちゃいました。84点で最終グループ入りはすごいこと。試合はやはりやってみないとわからないと改めて感じる展開です。ぼく自身も、引退して4、5年になりますが、やはり競技を離れてからの期間が長ければ長いほど、体を維持する難しさは感じています。織田くんより4歳年下のぼくでもそう感じるくらいなので、彼が練習やトレーニングをどれだけ努力してやってきたのかと感じます。今シーズンの体の仕上がりはすごい。体に負荷をかける練習を、体を壊すことなくやりきって、こうして全日本に向けて仕上げてきたのは、本当にすばらしいことです」

無良さんは佐藤駿選手のコーチの1人として演技中のリンクサイドにも立った。今季はグランプリシリーズで初優勝を挙げるなど、成果を出している佐藤選手。全日本SPはジャンプにミスが出て、ややほろ苦いスタートとなった。

「佐藤選手は海外で振付をするようになって、スケーティングや振付に対する意識が本当に変わったなと感じます。それが点数や成績にも表れていますよね。SPはジャンプが3本しかないぶん、プレッシャーも大きいですし、ミスが出れば点数にも大きく違いが出てくるのは仕方のないこと。フリーに向けて、気持ちを切り替えてがんばってほしいなと思っています。自分がやるべきことをしっかりと把握し、試合に向けてきちっとポイントを押さえて臨むというルーティンもできているのは、近くで見ていても感じています」

無良さん自身は、トレードマークの高さも飛距離もある大きなトリプルアクセルをはじめ、屈指のジャンパーとして活躍した選手だった。多種類の4回転ジャンプを組み込む4回転全盛の時代を迎えた男子シングルの現状を、どんなふうに見ているのだろうか。

「ぼく自身は、体を使って大きく跳ぶというタイプの選手でした。今の子たちは、すぐに体を締めて速い動きで回転する動作につなげるというタイプが多いですね。そのタイプの筆頭はイリア・マリニン選手ですが、あそこまで技術的に飛び抜けた理想形が出てくると、選手はみんなYouTubeやインスタで映像を見て、お手本にしようとするわけです。ゆづ(羽生結弦)が現役時代に跳んでいたジャンプの映像をみんなが見ていたのと同じことが、いま起こっている。ただ、マリニン選手のあの超人的な脚のバネは、普通の人にはないものだから、体の使い方や跳んでいくリズムなどを参考にするというように、うまく学んでほしいと思います。4回転アクセルにしても、あそこまで踏み切りで脚を振り上げたら、普通は体をついていかせることは不可能なんですよ。だから選手ごとに自分に合ったアプローチで、どう跳ぶかということを考えなければいけない。そうした潮流のなかで、いかに理想のジャンプにつなげていけるかということをぼくも勉強中です」

チーム無良のスケーターたち

父の無良隆志コーチ、母の無良千絵コーチとともに、岡山の拠点でも選手たちの指導にも取り組んでいる無良さん。今シーズンは、その「チーム無良」の選手たちが大活躍だ。8月、男子の杉山匠海選手が4回転を初成功させた。杉山選手はジェイソン・ブラウン選手にイメージが似て、非常に柔軟性があるダンスが得意な選手としてジュニア時代から知られていた存在。その彼が4回転を自分のものにした。剛柔ともに備えた進化は、コーチ陣の指導力を感じさせる。

「杉山選手はここ数シーズン、ジャンプのための努力をずっと続けていました。ぼくは自分が4回転トウと4回転サルコウを跳んだ経験がありますから、骨格や跳び方が違うことは前提として、どう動いていけば実際に跳ぶイメージにつながりやすいか、感覚的なものを伝えるようにしています。彼はもともと回転をつけることができる選手だし、手を上げた姿勢で4回転を跳べるほどの感覚をもったスケーターです。その感覚に、ようやく体がちゃんとついてきて、4回転という成果になってきたのだと思う。シーズン中は4回転を封印してアクセルを重視するようにしていますが、おかげでアクセルも安定してきました。父は細かいジャンプ動作の指導をするというように、役割分担しています。一緒に仕事をして、父の指導を見ていると、やはり伝え方の引き出しが多いと思いますし、感覚的なものを言語化して、選手の頭のなかで自分の動きとつながっていくように促しているのだと感じます。その言葉が足りないときなどは、ぼくが補っています」

いっぽう男子ジュニアの植村駿選手も、今シーズンはトリプルアクセルを習得し、全日本推薦出場まで駒を進める大躍進。SPで23位になり、フリーに進出した。植村選手は勢いのあるジャンプで魅せるスケーターで、アクセル以外のジャンプの成長も目覚ましい。

「植村選手は、もともと感覚的なものが強いタイプ。地道に基礎を積み上げるというよりも、自分がもともと持っている、振り回していく力をベースにして、コントロールすることを身につけていくアプローチでした。回転をかける感覚が優れているので、これならトリプルアクセルや4回転も行けそうだという認識だったんですが、アクセルの踏切りで、バックアウトで滑ってきて振り返る軌道だとか、どんな姿勢で乗っていけば跳ねたときに締めやすいのか、そこの動作を定めるのは、おもに指導してきた父も大変だったと思います。やっぱり、どんな才能も物理の法則にはかなわないという部分がある。映像を見せながら、「ここが内側に入らずに外れているから、外側に飛んでいっちゃうでしょ」というように、実際にイメージをもたせる指導を繰り返したという感じです」

面白いのが、杉山選手も、植村選手も、親しみを込めて「崇人先生は友達みたいに接してくれる」と口を揃えることだ。

●杉山匠海選手

SPのあとスタンディングオベーションをいただけて、励みになりましたし、がんばってきてよかったなと思いました。無良(隆志)先生には、『緊張しているね、そういうのは全部ここに置いていきなさい』と送り出していただき、ちょっと和んで落ち着いて演技に出ていけました。崇人先生にも毎日教えてもらっているんですけど、今回の全日本は前半に解説で入っていてフェンス際に立てないので、『フリーはがんばって後半グループに入ってね!そしたら立てるからね!』と激励されました。(笑)

2024年12月全日本選手権SP

●植村駿選手

今シーズンはトリプルアクセルを習得し、ほかのジャンプも確率が上がってきているのでよかったと思います。無良先生にメインで教えてもらっていますが、崇人先生も教えてくれますし、大きいジャンプを跳んで見せてくれます。崇人くんは半分友だち、選手仲間みたいな感じですね。(笑)ぼくはイリア・マリニン選手のような軽くて回転の速いジャンプを目指しています! 入り方とか、姿勢とかを見習っています。

2024年11月西日本ジュニア選手権

「指導チームのなかで、口うるさい人は1人でいいと思うんですよ。(笑)全員が口うるさいタイプだったら丸く収まらない。ぼくがいちばん選手に近かった分、先生という立場ではありますが、あまり区分けしすぎてしまわないような立ち位置でいることを心掛けています」

“先生然”とせず、“いい兄貴分”のスタンスを取りつつ、指導力を発揮している無良さん。いまの日本男子全体を見渡して、後輩たちの活躍をどう見ているのだろうか。

「もちろん選手権やグランプリシリーズに出ている面々はすごいですが、彼らだけではなくて、ジュニアもどんどんトリプルアクセルや4回転を習得して、シニアの試合に挑戦していっている。女子に関しても同じで、非常にレベルが上がってきたなかで、下の世代が上の世代に刺激を与えてくれる環境です。日本の層の厚さを感じますし、ナショナルトレーニングセンターでの練習を見ていても、お互いが刺激し合っていることがよくわかります。いろいろなタイプの選手が出てこそなので、いかに選手の個性を生かしていくかが指導者の腕の見せ所です。やはり選手自身が「悔しい」とか、「もっとこうなりたい」という意識を持ったときが、変わるタイミング。こうなりたいと思うからこそ成長するし、一気に伸びる。そこを逃さないようにしたいですよね」

プロフィール
むら・たかひと 1991年2月11日、千葉県松戸市生まれ。父・無良隆志コーチの指導のもと、日本を代表する選手のひとりとして活躍。おもな戦績は2014年四大陸選手権優勝、2014年スケートカナダ優勝、全日本選手権で5度の3位表彰台など。引退後はプロスケーターに転じ、多くのアイスショーに出演するほか、解説者、コメンテーター、タレントとしても活動。最近の出演ショーに「ワンピース・オン・アイス」「羽生結弦 notte stellata」など。指導者としても、佐藤駿選手や、岡山で両親とともに指導する選手たちの成長を手助けしている。
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