NHK杯で自身の今季グランプリシリーズ初戦に臨み、目標としていた300点越えで大会2連覇を果たした鍵山優真選手。北京オリンピックでは個人団体とも銀メダルを獲得、いま日本のエースとして世界の第一線で活躍する優真選手を幼少期から指導するのが、父である鍵山正和コーチです。自らも1992年アルベールヴィル、1994年リレハンメルと2度のオリンピック出場経験をもち、4回転ジャンプに挑んだ初の日本選手である正和さんに、自身のキャリア、優真選手やフィギュアスケートへの思いについて聞きました。
世界のトップと対等に戦うことが目標だった
―― 鍵山正和さんがスケートを始めたのは、何歳のときですか。
「ぼくが始めたのはすごく遅くて、小学校の2年生からです。母がフィギュアスケート好きで、よくスケート場に連れて行ってもらっていたものですから、リンクの先生からやってみないかとスカウトをされて始めたんです。最初のころは習い事でしたし、 選手として何かを目指そうというスタートではありませんでした」
―― スケートの道に進む決意をしたのは?
「高校に入ってからです。当時小学生でも出場できた全日本ジュニアで賞状をいただいたりもしていたのですが、 ただ好きでやっているだけで、中学生までは1番になりたいとかメダルを獲りたいと思ったことがまったくなかったんです。ところが、高校進学の際、スケートに理解のある学校を探すのが当時はすごく大変で、中学の先生から愛工大名電という学校を紹介していただいたんです。助けていただいたからには、高校3年間だけスケートを真剣にやってみよう、3年間やって結果が出なければ、後で考えればいいやと思ってやり始めました。全日本ジュニアで1番を目指そうとか、世界ジュニアで表彰台狙ってみようとか、目標をもって練習し始めたのがそのころからです」
―― 選手時代に、絶体絶命だと思ったような出来事はありましたか?
「選手としてピンチだなと思ったのは、トリプルアクセルの習得です。ぼくはトリプルアクセルがすごく苦手だったんですよ。試合に入れられるようになるまで2~3年近くかかった。世界ジュニアで一緒に戦った海外選手は、世界でどんどん活躍していっているなかでいちばん危機感を感じましたね」
―― それを乗り越えられたわけですね。
「乗り越えたかどうかは皆さんの判断にお任せしますけど、 試合にも入れられるようになりました。ぼくの目標は、表彰台に立つところまではなかなかいかなくて、カナダやアメリカ、ロシアなど世界のスケーターたちと対等に戦っていくことが、ぼくにとっての目標でした。それが最後の世界選手権(1994年幕張大会、6位)で達成できたのかなと思っています」
ローリー・ニコルとカロリーナ・コストナーとの出会い
―― 昨年から優真選手の指導チームにカロリーナ・コストナーさん(2014年ソチ・オリンピック銅)がコーチとして加わりました。コストナーさんは、振付師のローリー・ニコルさんの愛弟子であり、長きにわたってニコルさんの振付の世界を体現してきた方です。優真選手は2人との出会いでどのように変わったと思いますか?
「彼女たちとの出会いというのは、偶然ではなくて必然だったなと思っているんです。何かの力で引き寄せられたという感覚がすごくある。優真は、小さいころから振付に関して意識が高かったのですが、ローリー先生と出会って、ガラッと雰囲気が変わりましたし、カロリーナ先生は、動きを伝えるだけでなく、1つ1つの動きに意味づけをしてくれます。昨年ケガ明けのオフシーズンにイタリアで合宿をしたとき、『雷や風を全身で表現しなさい』といったクラスを受けたことも、さらに表現への意識が変わったのではないでしょうか」
―― そもそもローリー・ニコルさんに振付を依頼したきっかけは?
「優真がまだシニアに上がったばかりの頃、ある方から提案されたのですが、まだちょっと早いのではないかと正直思ったんです。シーズンの途中でプログラムを変えるのもちょっとどうなのかなと思っていました。でも彼がどうしてもやってみたいということで、なかば強引に進めましたが、素晴らしいことに、その年に世界選手権初出場で2番になりました。フリーとショートプログラムの評価もすごく高かったのです」
―― ご自身にとっても、ローリー・ニコルさんと組むことは刺激になりましたか。
「もちろん。やって良かったなと思いました。昨年のオフの話になりますけど、世界選手権のあと、4月のヨーロッパ合宿のとき、オペラのエキシビションを振付けてもらったのですが、プログラムの世界観を知ってもらうために、優真をオペラに連れて行ってくれました。すごく芸術への意識の高い方なんですよね。ぼくも、もちろんスケートへの情熱はあると思うんですけど、情熱だけではない何かを持っている。ローリー先生には、私もスケートの世界観をすごく変えられました。彼女の世界観を全部知っているわけではありませんが、いまだに彼女の頭の中はどうなっているのかやはり知りたいと思うのです」