フィギュアスケートの芸術性を華やかな美しさで支える衣装の数々を生み出してきた伊藤聡美さん。2013年にフィギュアスケートの衣装製作をはじめ、2015年にフリーに転身。今シーズン、住吉りをん選手や三浦佳生選手のフリーをはじめ、国内外のトップスケーターの衣装を手掛ける人気デザイナーに、衣装製作のエピソードや今後の抱負を聞きました。
三浦佳生選手の「シェルブールの雨傘」
―― 今シーズン、三浦佳生選手の衣装を初めて手掛けられていますが、どのようなきっかけでデザインを?
「2シーズン前くらいから、衣装を作ってほしいという依頼をいただいていたんですが、納期のタイミングなどもあり、今年ようやくお受けすることができました」
―― これまでも数多くのスケーターが演じてきた「シェルブールの雨傘」という映画音楽の名曲ですが、三浦選手の場合は、どんなイメージで作りましたか。
「シェイ(シェイリーン・ボーン・トゥロック)のプログラムということで、三浦選手側から『振付師からこういうイメージが来ているので、それを参考にしてほしい』とお話をいただきました。その写真を見たときに、あまり装飾をつけるというより、映画の雰囲気を生かして、シャツとベストというきちんとした洋服っぽい感じがいいんだろうなと思いました」
―― 三浦選手も衣装をとても気に入っているそうです。
「仮縫いで一度お会いしたときに、フィット感や動きやすさなどをすごく気に入ってくださっている感じはしましたね。(シーズン前半で着用していた)前の衣装がジャケットだったので、ちょっと動きづらさがあったのかもしれません。これは個人的な意見ですけれども、三浦選手はすごくスタイルもいいので、シルエットがきれいに見えるように意識して作りました。おそらくそれがフィッティングのときにご本人にも伝わっている感じだったのかなと思います」
―― 一般的には複数回フィッティングを行うものでしょうか。
「三浦選手の場合は、1回のフィッティングで大丈夫でしたね。もちろんご本人のなかでは、こだわっている部分もあると思うのですけれども、納品した後に、一度袖の長さを修正してほしいというくらいで、スムーズに作らせていただきました」
―― 衣装の胸元のポケットに入れられたお花のようなハンカチーフがとても印象的で、いいアクセントになっています。
「やっぱりシャツとベストだけだと、ちょっと寂しいなと思ったので、胸元に何かハンカチーフを入れたいと思っていたんですけど、そのまま入れると面白味がないので、薔薇のイメージのハンカチーフをつけました。よく見ると薔薇の形になっているようにして、そこだけラインストーンをつけて、いろいろ想像を掻き立てるようなものになればいいなと思ったんです」
―― 三浦選手にとって、いままでにない曲調のプログラムで、伊藤さんのデザインと出会えたのも、いいタイミングだったのではないでしょうか。
「本当にいいタイミングでお話をいただけました。どうしても私の衣装は、キラキラしていてゴージャスなイメージがついていると思うんですけれども、今回はベストとシャツに、スラックスというシンプルなスタイルのオファーだったので、逆に私自身も、いままでの伊藤とはちょっと違う衣装を提案できたという面では、すごくありがたいなと思いました。お互いにとっていい化学反応ができたのかなと思っています」
住吉りをん選手の「アディエマス」
―― 住吉りをん選手のフリーの衣装は、2021‐2022シーズンの「ムーラン」から手掛けていらっしゃいますが、住吉選手にはどんなイメージをお持ちでしたか?
「自分のイメージをはっきり言える方だなという印象でした」
―― 今年のフリー「アディエマス」は、とても斬新なデザインですが、どんなテーマでデザインされたのでしょうか。
「振付のシェイからプログラムのコンセプトをメールでいただいたとき、まず壮大な、宇宙から見た地球みたいなイメージを持ちました。海だったり、大陸だったり、アースカラーがいいのではないかと思って、ああいう色味にしました。あれは全部オリジナルで柄から製作しているので、本当に住吉さんのためだけに作った1点ものの衣装なんです」
―― 夏の大会で、出来上がった衣装について、住吉選手が「私のためだけに柄を入れていただいたんです」と、とても喜んでいらっしゃいました。どのように作られたのでしょうか。
「パワーネットにまず柄をプリントして、さらにその上から染めで色をつけている感じです。シェイの壮大なコンセプトが、なんとなくその前のシーズンのフリープログラムから繋がっているイメージがあります。前回は鳥がはばたくイメージでしたが、今回はその延長線上にあって、地球の女神といいますか、氷の上でりをんさんが何か神秘的な存在に見えたらいいなと思って作りました」
―― パワーネットは動きやすそうですね。 住吉選手は4回転も跳ぶ選手ですが、機能面ではどんなリクエストが?
「動きやすさは一番に考えています。全部パワーネットなので、伸びはいいと思います。それからハイネックはあまりお好きではないとおっしゃっていました。前回の衣装は、後ろの襟だけちょっと高さがあったんですけれども、あれぐらいは大丈夫ということでした。基本は首周りがすっきりしていて、スカートも軽くしてほしいというリクエストでした」
―― 生地を染めるところからとなると、相当な作業だったことが想像されますが、あえてそうしたのは、シェイリーンさんのコンセプトに対して、思うものが大きかったのでしょうか。
「シェイとは、いい関係を築かせてもらっています。りをんさんのときも、ほかの選手のときも、シェイと直接やりとりさせてもらえるんです。やはり衣装を作る側としても、振付師さんの声を実際に聞いたほうが入りこめます。
シェイはすごく細かくて、コンセプトやリクエストが英語の長文で送られてきます。すごく長文なんですけど、それだけの思いがあるんだというのが伝わります。だから今回りをんさんについても、コンセプトを聞いたうえで、次のオリンピックシーズンが非常に重要なシーズンになると思い、オリンピックの前のシーズンから、見ている人に対して何か印象をつけなきゃいけないと勝手に思っていたんです。だから、ほかの衣装の方がやらないようなところまで、自分はやらないといけないと思っていますし、他の選手と似た衣装にならないようにしました。なぜならば、私も彼女がオリンピックに行ってほしいという期待があるし、ちょっとおこがましいかもしれないんですけれども、行く可能性というか、実力は十分にあると思うので。オリンピックに行ってほしいからこそ、自分も衣装に対して、『ここまでできるよ、ここまでやるよ』というのを、りをんさんに見せなきゃいけないという思いがある。もちろん他の選手にもその思いはあります」
