フィギュアスケートにとって、欠かせない音楽。今年6月、米国スケート連盟が、フィギュアスケートのプログラムで使用する音楽の権利処理に関する方針を発表しました。元フィギュアスケーターで、現在フィギュアスケートをはじめアーティスティックスポーツの著作権研究などを行っている町田樹さん(國學院大學准教授)に、著作権研究者の立場から、音楽著作権をめぐるフィギュアスケート界の現状と課題について語っていただきました。
プログラムで音楽を使用するために必要なこととは
―― そもそもフィギュアスケートで音楽を使用するときには、どんな手続きが必要なのでしょうか。
町田 ISU(国際スケート連盟)は、ルールのなかで、「プログラムで利用する音楽や振付の著作権処理は、競技者やその関係者が自ら行うこと」(Constitution and General Regulations, Rule 131)と規定しています。しかし、一個人がアーティストや事務所に掛け合って交渉するのは難しい。実質的にISUが全アスリートに求めている著作権処理の規定は不可能と言えます。そこがまず問題です。
―― 音楽の著作権者に連絡を取って、許諾を得なければならないということですね?
町田 音楽著作権は、基本的に作曲した人に帰属する権利ですが、財産権であるがゆえに、譲渡したり売買したりすることができます。個人ではなく、事務所に帰属させたり、相続されたり、譲渡されたりします。ですから、必ずしも作曲者=著作権者ではないということが、音楽著作権のクリアランスをややこしくする一因なんです。著作権者を探すこと自体が難しい。以前はフィギュアスケートのプログラムで使用されるのは、著作権が消滅しパブリックドメイン(著作権の保護期間が満了し、権利処理なしに自由に使える状態)となったクラシック音楽などがほとんどでした。ですが、2014-2015年シーズンからヴォーカル入り曲が解禁になりました。さまざまなジャンルが使われるようになりましたが、パブリックドメインとなっているものがほとんどありません。きちんと制度設計をせずに、ISUは解禁したのかと愕然とします。いっぽうで、著作権制度は国によって違うので、世界統一の基準を作るのが非常に難しい。これも議論を始めないといけないことですよね。
―― 今回、米国スケート連盟が示した指針とはどのようなものなのでしょうか。
町田 米国スケート連盟が、大手の音楽著作権団体「ASCAP」「BMI」と交渉し、この2団体が包括的に著作権を管理している楽曲に関しては、米国スケート連盟に所属する選手は著作権者から直接許可を得ることなく利用できるというものです。
―― 米国スケート連盟が今回の指針を示すきっかけとなったのは、2022年北京オリンピックのとき、ペアのアレクサ・シメカ・クニエリム&ブランドン・フレイジャー組の演技が楽曲の無許諾使用にあたると、著作権者が訴えたことだそうですね。
町田 著作権者は、楽曲の無許諾使用と氏名が表示されていないという点において、選手や米国スケート連盟、放送局に賠償請求していました。その後、同年7月に、被告側と原告側の間で和解が成立したようです。
―― たとえば、新体操や体操など、ほかのアーティスティックスポーツで同じような問題も?
町田 基本的にはあり得ますが、アーティスティックスポーツのなかで、市場規模がもっとも大きいのがフィギュアスケートだと思うんです。フィギュアスケートがマスメディアに取り上げられ、収入も利益もかなり上げていっている業界なので、「他人の著作物を借りて収益を出している以上は、きちんと権利料を払いましょう」と音楽業界が注目するようになったのでしょう。著作権侵害で訴えられるケースが多くなってきているのには、そういった背景もあると思います。多くの人の目につき、人気が高くなったからこそ、コンプライアンスを遵守すべきですし、急ピッチで著作権侵害のリスクを抑えなければなりません。今回のアメリカの対応は非常に画期的なことで、本来あるべき手続きや制度を構築した点で良かったと思います。
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