2024年12月22日
選手たちの新しい扉を開く手助けをするコリオグラファー

INTERVIEW ブノワ・リショー「そのスケーターにしかできない表現を目指して」

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トップレベルから新進気鋭まで、多くのスケーターにプログラムを提供するフランス人コリオグラファー(振付師)、ブノワ・リショー。アイスダンスの選手として活動したのち、コリオグラファーに転身し、スケーターの個性を引き出すユニークな動きを振付に盛り込みつつ、さまざまなアイディアを駆使して創造性あふれるプログラムを生み出してきました。日本選手とのつながりも深く、坂本花織の北京オリンピック銅メダル・世界選手権初優勝の原動力となったフリー「WOMAN」(2021-2022シーズン)や、高橋大輔が男子シングル現役最後の2シーズンに滑った「Pale Green Ghosts」(2018‐2019、2019-2020シーズン)など、選手にとってのシグネチャーともいえる作品も数多くあります。今シーズンは、三浦佳生のエネルギッシュなSP「Conquest of Spaces」をはじめ、彼の振付を多くの選手たちが滑っています。

「人は1人ひとり違う。それぞれの人は特別な存在であり、取るに足らない人などいません。私はまずスケーター自身の心を理解し、そのスケーターにしかできない表現を目指してプログラムを作り始めます。心を知ること、それは私の仕事にとって鍵となるものです」と語るブノワ。各々の個性に寄り添う創造性や音楽性とともに、アイスダンスで鍛えたスケーティングスキルの指導においても、多くの選手が新しい扉を開く手助けをしてきたコリオグラファーに、東京のNHK杯で話を聞きました。

三浦佳生のスピリッツ、エネルギー、カリスマ

ブノワ・リショーは11月、NHK杯にはブレイディ・テネル(アメリカ)のコーチとして参加した。新進のコリオグラファー時代から振付を提供してきた選手の1人だ。彼女は昨シーズンに足首の怪我を負い、長いリハビリを経て、カムバックシーズンを迎えた。ブノワは親身になって復帰への道のりを伴走してきた。

「非常に重い怪我でした。NHK杯は復帰からまだ3戦目で、まだまだ復帰のプロセスの途上だと思っています。長期的な計画を立て、少しずつ無理をしないように、その計画に則って進めているところです。急がず、焦らず、計画をしっかりと踏襲しながら前に進んでいくことがブレイディにとって重要だと思っています。毎試合、進歩を見せてくれていて、とても嬉しく思っていますよ」

近年はコーチとしてブレイディの指導陣に名を連ねるが、もともとコリオグラファーとして活動してきたブノワ。選手に振付をすることと、選手をコーチとして指導することには、どんな違いがあるのだろうか。

「コリオグラファーとしての私も、選手に対して密にコミットしていくタイプです。コーチ寄りのコリオグラファーだと言えるでしょうね。選手に対してものすごくいろんなことを言うタイプ。(笑)振付をしたあとも、だいたいいつも電話やテキストで選手とコミュニケーションしている。それは振付を始めた最初のころから一貫していて、選手の側も私の助言を求めてくれる。私の助言によって、彼らが進歩を実感できるからこそ、自然にそうしてくれるんだと思います。だから自分の仕事は、いわゆる『コリオグラファー』の枠に収まるものではない。彼らが成長し、輝いていくことを支援する仕事が好きなんです。個々のスケーターと出会うとき、私は彼らの本質を理解しようとする。そうすると、ただ振付を与えるだけなんて不可能で、彼らを手助けしたいという思いを持つものなのです」

ブノワは今シーズン、日本の三浦佳生(オリエンタルバイオ/明治大学)のショートプログラム「Conquest of Spaces」を振付けている。2人のコラボレーションは今年で2年目。昨シーズン、三浦の印象について聞かれたブノワは「佳生のことは数シーズン前から見ていましたが、彼の本能的な部分が印象的でした。リンク全体を広く使うスピードに乗った滑りが板についていて、彼のエネルギーには感動します。一緒に仕事をしてみて、さらに面白いスケーターだと感じました」と伸び盛りの若い才能に期待を寄せていた。

今シーズン、11月のNHK杯で、彼が振付けたショートプログラムによって、三浦は自身初となる念願の100点越えを達成した。

「彼と振付の作業をするのは今季が2度目でしたが、佳生が私に全幅の信頼を寄せてくれたことがうれしかったですね。振付の根本になるのは、お互いに対する信頼なのです。その信頼の上に、特別なものを築くことができたのではないかと思う。SP100点越えという成果を挙げたことは、私にとっても日本から持ち帰ることができるスーベニアになります」

三浦との振付のプロセスは、どのように進んだのだろうか。

「佳生は私のヴィジョンを理解し、彼の内側に秘められたすぐれた資質を引き出そうとしていることを理解してくれた。振付を完成させたとき、私は佳生に『このプログラムを滑りこなせば、必ず100点を越えられるよ』と言いました。私の目から見て、彼には特別なものがある。最初に彼の滑りを見たときは、彼自身が自分のスタイルに確信をもっていないように見受けられたけれども、私は『彼は型にはめるのではなく、自分の道を行くべきだ』と考えたのです。今季のショートプログラムは、彼自身のパーソナリティに非常にマッチしていると思う。彼のもつスピリッツ、エネルギー、カリスマ。それらを包含したプログラムになったと自負しています。彼が観客に対してどれだけのものを差し出そうとしているか、その気持ちの大きさに、演技を見るたびに私も驚かされます。それはファンのためだけではなくて、その場にいる人々すべてに、自分のありったけを与えようとしている」

「彼にとっては、試合全体の結果としては残念だったかもしれないけれど、彼にはまだまだ未開発のクオリティがたくさんある。練習を重ね、進歩を続けていくことで、最終的に自分のポテンシャルを完全に自覚することができれば、本当の意味で滑ることを楽しむことができるようになります。個人的に、このあとまた彼と話をしたいと思います」

限界を設けずに挑戦していこう

ブノワとアダム・シャオイムファ(フランス)とのコラボレーションも有名だ。SPとフリーをひとつの物語として表現するなど、意欲的なアイディアをアダムと作り上げてきた。今シーズンはどんなチャレンジを目指しているのだろう。

「まずフリーで『DUNE デューン/砂の惑星』を選曲したのはすごく簡単な話で、私が映画『DUNE』を見に行って、映画館から出てきてすぐアダムに電話し、『これを滑るべきだ、すぐ映画館に行け!』と言ったのが始まり。(笑)映画は1と2がありますが、その両方から音楽をつなぎあわせて、映画のストーリーをなぞりながらプログラムを作りました。アダムはストーリーテラーであることを望んでいるからね。我々は、観客を現実から切り離し、プログラムの世界に引き込みたい。現代的だったり抽象的だったりするプログラムでも、根幹にあるのはストーリーです。ショートのほうは、今季はプログラムが2つあって、1つはフランス・グランプリで滑ったヒップホップ風のプログラムで、スーパーヒーローが女性を救うストーリー。もう1つがカップオブチャイナで滑る『苦悩する地球人からのSOS』。より深く、苦悩のときがあってもそこから希望をもって昇っていけるのだというメッセージを描きます」(註:アダムはその後グランプリファイナルを欠場)

アダムは昨シーズンの世界選手権で、当時はルール上認められていなかったバックフリップを実施し、それが契機となって今季はルール上解禁された。ブノワは彼の姿勢と、その姿勢がフィギュアスケートの競技に変革をもたらしたことを、こんなふうに語る。

「ジャンプをはじめ技術要素に関しては多くのルールがありますが、それ以外の部分については原則的に自由だと私は考えています。限界を設けずに挑戦していこう、さらに新しいことをやろうという考え方をアダムと共有しています」

ブノワはこれまでも多くの日本のスケーターに振付けてきた。彼にとって日本のスケーターは、どんな存在なのだろうか。

「佳生とは2年目ですし、今シーズンは山本草太とも初めて一緒にプログラムを作りました。それから木下アカデミーで、吉田陽菜とも初めて会いました。日本のスケーターたちと新しいつながりを築くことができたシーズンになった。自分にとっての出発点というか、コリオグラファーとしての名声を高めることができたのは、日本の坂本花織をはじめ、高橋大輔、宮原知子、樋口新葉、三原舞依との仕事を通してでしたから、日本のスケーターとの仕事にはいつも特別な思いを抱いています。だから日本に来て、練習熱心な日本のスケーターたちに振付けることができるのは大きな喜びです。じつは前回日本に来たとき、5歳になる息子を連れてきていたんですよ。しばらく京都に滞在したら、息子に『ぼく日本がいちばん好きな国! いつまた日本に行ける?』ってせがまれてね。そういう意味でも、日本は特別な国ですね」

独創性あふれるアーティスト気質と、選手に深く関わり、彼らの成長を手助けするハートの熱い指導者の資質。その2つを共存させるブノワ・リショーが、今後どんなヴィジョンを氷上に実現していくのか、選手たちの新たなチャレンジとともに、注目していきたい。

プロフィール
Benoit Richaud(ブノワ・リショー) 1988年1月16日、フランス・アヴィニョン生まれ。フランスのアイスダンス選手として世界ジュニア選手権、ヨーロッパ選手権などに出場したのち引退、芸術関連の仕事を経てコリオグラファーに転身した。坂本花織、高橋大輔、三浦佳生ほか数多くの日本人スケーターに振付を提供。アダム・シャオイムファ、ブレイディ・テネルらとの長年のリレーションでも知られ、近年はテネルのコーチとして大会のリンクサイドに立つ。アメリカ、フランス、ベルギーなどで指導にあたる。
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