羽生「考えるためのきっかけのひとつに」
公演後に取材に応じた羽生は、作品のテーマを選んだ理由をこんなふうに語った。
ゲームのなかでは命という概念が軽くて、何度も繰り返しできる。だからこそその好奇心のままに進んでいける。それを現実の世界に当てはめてみたら、夢を掴みに行く原動力のある人間なのかもしれないし、逆に違う観点から見たら、とても恐ろしい人間なのかもしれない。でも、繰り返しできるとなったら、人はするんだろうなと考えていて。じゃあ、自分が選んできた選択肢の先に、1回破滅というルートがあったとして、すべての障害を乗り越えて、夢を掴んで、目標を掴んでという人生があったとして、それがもう1回繰り返されるんだったら、みなさんは何を選ぶのだろうか。何を選んで、何を感じるのかということを、このアイスストーリーのなかで考えてもらいたいというのが今回のテーマです。一言でまとめるのが難しくて申し訳ないのですが、このストーリー自体で答えを出してほしいというものではなくて、考えてもらいたい、考えるためのきっかけのひとつであってほしいなというのが、RE_PRAYという物語であり、作品だったかなとぼくは思っています。
自身の内側から湧き出すストーリーをショーとして構成し、シーン選択や選曲はもとより、ジャンプの内容やスピンといったひとつひとつの技にもストーリー上の意味をこめて、作品のすべてに渡って明確な意図をもって作品を作り上げた。製作総指揮を担当するプロデューサーとしても、さらにスケールアップした存在に進化したといえるはずだ。
これまでやってきたアイスショーというものとは全然違って、作品のなかにいろんなプログラムがあって、もちろん今までやってきたプログラムたちもですけど、それが物語のなかに入ったときに、まったく違う見え方があるよねという。こんな見え方もあったんだということをひとつの流れで見せるのが趣旨なので、自分としては全然違った心意気で、このアイスストーリーに挑んでいます。
なにより、自分が表現したいことを、本当に多くの方々を巻き込んで作り上げていくことに、たまに怖くもなるんですけど、でもこうやってみなさんが作り上げてくださったものを、プレッシャーと責任を感じながら滑らせていただく機会があり、アスリートとして限界に挑みながらも、またがんばりたいなという気持ちになりました。
物語を締めくくったあと、Tシャツ姿で再登場した羽生は、観客席とコミュニケーションを取りながら「Let Me Entertain You」と「SEIMEI」を披露。さらに、映像のスタッフロールのあとには「序奏とロンド・カプリチオーソ」を滑ってみせた。全編ひとりで滑りきった直後とは思えないほど全力のアンコール。気負いのない笑顔には、これまで後押ししてきた観客に、自身が生み出したストーリーを届け、貴重なひとときを分かち合うことができたという達成感や幸福感もにじんでいたように見える。「RE_PRAY」はこのあと、1月の佐賀公演、2月の横浜公演とツアーを行う。観客の心を揺り動かすアイスストーリーは、ツアーを通してさらにどんなふうに洗練されていくのだろうか。