2000年代に日本代表として世界選手権、四大陸選手権などの国際大会で活躍し、トリプルアクセルを女子選手として史上3番目に成功したことで知られる中野友加里さん。現役を離れてからもフィギュアスケートとの関わりは深く、現在はジャッジやテクニカルスペシャリストとして、日本国内の大会運営に貢献しています。スケーターとして、ジャッジとして、さまざまな視点からフィギュアスケートを見つめてきた中野さんに、日ごろあまりうかがい知ることのないジャッジの仕事について、さらに間近に迫る四大陸選手権の見どころや、トリプルアクセルの秘訣についてお話を聞きました。
ジャッジ、テクニカルスペシャリストとして
―― 中野友加里さんは現在、ジャッジとして活動をされていますね。ジャッジの資格を取られたのはどういう経緯からなんですか?
「スケートを辞めた直後は、もうスケートには関わらないという気持ちだったのですが、何年か経っていろいろな選手たちを見ていると、だんだんとスケートに関わる仕事がしたいという気持ちが湧き上がってきたんです。姉が私よりも先にジャッジをしていたのと、私も大会中継の仕事に携わっていましたから、経験者である自分がルールがわかっていなかったら話にならないと思い、最初は毎年変わるルールを勉強するために審判の活動を始めました。2013年に始めたのですが、そのころはジャッジセミナーに通って、必要最低限の試合の審判を務めてという程度で、細々とした活動でした。でも4、5年前に、小さい子が滑っている楽しそうな姿を見て、それをしっかりと評価してあげたいという気持ちが芽生えてきました。それで昇格試験を受けて、すごく長い年月がかかったのですが、昨年ようやくN(ナショナル)級まで取れたんです。N級が取れたからには、いつかは全日本選手権の審判をやりたいと思っています」
―― 最近、テクニカルスペシャリストの資格も取られたそうですね。
「今年TS(テクニカルスペシャリスト)の試験を受けまして、合格したので、今季のインターハイにはスペシャリストとして参加しました。今後はTC(テクニカルコントローラー)も取りたいなと思っています」
―― 試合は長時間に及びますが、ジャッジの方々にとって最初から最後まで同じ基準で見るというのは難しいことではないですか?
「そこはすごく気をつけるようにしています。自分のなかの基準を“ここ”と定めたら、最初から最後までぶれないように守る。そうでなければ滑走順による不公平が起きてしまいますから。改めて勉強をしてみると、スケートのルールはこんなに複雑なんだと感じます。選手のうちは肌感覚でやっていることが、言語化するととても難しくなる。全ての文(ルール)を頭に叩き込むのが大変です」
―― 今季はスピンのルールが変わって、踵を上げるなどの新しい動きが見られるようになりました。
「これはテクニカルの試験を取ったことでわかるようになったことですが、レベルをつけるのはこんなに大変なことなんだと。まるでパズルなんです。選手たちがプログラムに組んでいる内容をテクニカルパネル側が汲みとって、レベル判定をしなければいけない。選手にとってなるべくいい結果になるように判定するわけです。ジャンプは見たままを判定すればいいのですが、スピンに関しては、回転数をはじめ、1つ1つのポジションやバリエーション、体の向き、エッジの傾き、シットスピンの場合は高さ、キャメルの場合は足の位置……他にもたくさん、非常に細かいところまで見ていきます」
―― スピンのレベルを取るために必要なことはどんなことですか。
「極端に言うとレベルを取るためだけならポジションの綺麗さは求められていないのです。例えば難しいバリエーションでレベルを取ろうと思ったが少しバランスを崩してしまい、回転速度が落ちた上、そのポジションは美しくはなかった。でもレベルを取るための要件は満たしていた場合レベルは取ることができる(バランスを崩したり、回転速度が落ちたポジションはジャッジがGOEでマイナスする)。ただ、何をやっているのかわかりづらい、テクニカル側が理解しづらいものに関しては、レベル判定されないです。また回転数はポジションに入ったところからカウントして、回数を満たしているかをかなりしっかりと見ています」
―― どんなプログラムがジャッジに評価されるんでしょうか。
「いまのルールでは、プログラムのパッケージ感が求められていますよね。1つ1つのつなぎに流れがあり、その流れを途切れさせることなく連続性を保つなかで、なおかつ自分を表現しなければならないという、選手にとってはよりレベルの高いプログラム作りが求められている状況だと昨今感じています。でも選手たちの表現する力が素晴らしいなと見ていても感じますし、小さい子でもちゃんと上を向いて楽しそうに滑っている。私が小さいころは滑るのに必死で氷ばかり見ていたので、1人1人の選手の意識の高さに驚かされます」
―― 近年、そのパッケージ性においてすぐれている選手はどんな選手だと思いますか。
「羽生結弦さんです。とくに『ショパン バラード第1番』でそう感じました。選手は通常、音が鳴ったらその音に合わせながら演技をするのですが、羽生さんの作品は、彼に音楽のほうがくっついていくような感覚に陥るくらい、演技に見入ってしまいました。思わずペンを止めて見入ってしまうほどの表現は、演技構成点で10点満点に値する演技だと思いますし、素晴らしい作品だなと思います」