もう一度競技へ――「自分たちにはできる」と信じて
アレックス それで、考え始めたんだ。「もしかしたら競技でもやれるんじゃないだろうか? 結果や勝利のためじゃなくて、もちろん真剣に取り組むけれど、自分たちが最高の状態になることを目指すのだとしたら?」 って。競技にはプレッシャーがあり、それを辛く感じる選手もいるけど、ぼくたちはその緊張感が否応なしに自分たちをひとつ上のレベルに押し上げてくれるんだといつも感じていた。それがぼくたちの強みだとも思います。とはいえ、2、3年で戻ってくるチームはいただろうけど、7年は長い。2019年以来、衣裳をつけて人前で滑ることも一度もしていない。それでもぼくらは、自分たちにはできると信じているんです。
マイア この年月に学んできたクリエイティブな感覚やいろんな知識を、スケートに持ち帰ることができると思っています。NHK杯で戦うことができるのが楽しみで仕方ない。(以前からのコーチ)マリーナ・ズエワ、マッシモ・スカリとともに練習するのも素晴らしいです。彼らも、私たちのことを信頼してくれています。
アレックス マリーナやマッシモと対面で練習できない期間には、テクノロジーの力を借りて、練習に取り組んでいます。できることは全部やっているし、それが自分たちを動かしていくダイナミクスだなと思う。ぼくたちは大人で、考え抜いてこの結論を出したわけで、お互いの信頼によってうまく進んでいると思います。
マイア いまはハードな練習を積み重ねていて、我慢していることもあります。友人たちと前のようにしょっちゅう会えているかといえば、そうではない。でもそれは必要な犠牲です。こんなに自分たちに刺激を与えてくれて、心が満たされることはほかにないの。アスリートとして改めて高みを目指すことが、大変なことだというのは十分理解しています。身体に負担がかかるし、必ずしも健康的なプロセスとは言えないことも多い。手術のあとはアクティブじゃなかったから、ここまで来るのに相当な勤勉さと忍耐、たゆまぬ努力が必要でした。ありがたいのは、私たちがとても若くして実績を挙げたアスリートだったから、7年の休暇を取っても、まだ競技で実力を発揮できる年齢だということです。
アレックス ぼくらのアイデンティやルーツへの意識が高まってきたこともあって、今季のプログラムは日本と日本文化から得たインスピレーションに満ちたものになっています。リズムダンスは、ぼくらが育ってきた90年代の文化を称賛する唯一無二のプログラムに決めました。当時の場所や、雰囲気からインスピレーションを受けてテーマを設定した。なんたって、ぼくは1991年生まれで――
マイア 私は1994年生まれだからね。
アレックス まさにぼくららしい――自伝的なプログラムと言えるかもしれない。ぼくらが子どものころに愛した多くのものをつめこんだ。”Nikkei”をテーマに、各国の90年代のカルチャーをミックスしているんだ。
マイア 国際的なテーマではあるけれど、私たち自身に根付いたもの。観客のみなさんを1990年代の夜の東京へと連れ出しちゃいたいの。
アレックス 90年代のアメリカと日本の文化にスポットを当てています。当時、互いに影響を与え合いながら、世界中に広がっていった2つの文化。ヒップホップやB-boyスタイル、ストリートファッション、そして当時遊んでいた日本のアーケードゲームーーレーシングゲーム、ダンスダンスレヴォリューションなんかからインスピレーションをもらいました。音楽は、アメリカ、日本、グランプリで行くフィンランドとオリンピックが開催されるイタリアなど、様々な国のアーティストの曲をミックスしています。そうやって、かなり楽しくて、無二のプログラムになったと思う。
マイア そして、フリーはまた大きな決定でした。自分たちにとってもっとも意味があるものにしたかったから。私たちが競技のリンクに帰ってきたのは、最高の自分たちを見せたいと同時に、自分たちがどう変化してきたのかを見せたいという思いも、大きな理由としてありました。人生という名の旅は美しく、素晴らしい、複雑なもの。そのなかで打ちのめされるような何かがあっても、修復、回復して歩み続けられるのだと信じることが大切なのだと思うんです。人生は不完全で、そこに美しさがある。だからこそ、感情的に繋がれるようなプログラムをと考えたときに、10年前の演技を再構築したいと思い立ちました。2015-2016シーズンに滑った「Fix You」です。
アレックス 新しい「Fix You」では、様々な日本の様式美と人生哲学から影響を受けて制作しました。その1つが金継ぎ――割れた陶器を金粉と漆を使って修復する日本の技法です。このプログラムは、喪失、危機、癒し、成長、そして再生についての物語。今シーズンのぼくたちのパフォーマンスは、誰にはばかることもなく、「マイアとアレックス」らしい、アスリートとしてだけでなく、より広い意味で人生の軌跡と旅路を語るものになるはずだよ。
マイア スケート靴を履いて氷の上に降り立つとき、そこは私たちの故郷なんです。故郷に帰って、私たちのすべてを見せたいと思っています。いまの私たちをみなさんとシェアしたい。NHK杯で演技をするのがとても楽しみです。

Photography: Kisshomaru Shimamura
Stylist: Riku Oshima
Hair: Chika Keisuke
Makeup: Yuka Washizu
次回は、NHK杯出場のために日本にやってくるマイアとアレックスに久しぶりの試合の感想を聞くと同時に、今シーズンのプログラムにこめられたストーリーやクリエイティブな側面について深掘りしていきます。
