2026年3月28日
プラハ世界選手権2026 坂本花織のメダリスト会見全文

世界選手権2026 坂本花織、ラストダンスで4度目の世界一!

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チェコ・プラハで開催中の世界選手権は3月27日(現地時間)に女子フリーが行われ、SP1位の坂本花織選手(シスメックス)が現役最後の試合を日本勢初の4度目の優勝で飾りました。千葉百音選手(木下グループ)が2位で2年連続のメダル獲得、ベルギーのニナ・ピンザローネ選手が3位に入り初めて表彰台に上がりました。ミラノ・コルティナ・オリンピック銅メダルの中井亜美選手は、世界選手権初挑戦で9位。

表彰式後に行われたメダリスト会見で、最後の演技を終えた坂本選手が語った万感の思いを全文お届けします。

女子フリー最終滑走で登場。 競技者としての最後のフリー演技を披露した ©Nobuaki Tanaka/Shutterz

「“終わりよければすべてよし”です!」

まさに有終の美だった。「スモールメダル2つと本チャンメダル1つ」を持って帰ると心に決めて臨んだ最後の舞台で、坂本花織は金色のメダルを3つ手にした。SP、フリーを通してすべての要素を加点がつく完璧な出来で実施し、目指してきた演技を望んだかたちでやり遂げた。フリーを滑り終えた瞬間、感極まった坂本の表情には笑顔と涙が交錯し、下がった目じりに涙があふれる。1ヵ月前、オリンピックで流した悔し涙を、最高のうれし涙に昇華してみせた。どんな悔しい状況も前向きな心とひた向きな努力で打ち破ってきた、坂本花織というアスリートの生き様をそのまま映したような最後の1ヵ月、最後の試合だった。喜びにも、悔しさにも、すべての瞬間に意味がある。世界中の観客からの愛が割れんばかりの大熱狂となって降り注いだリンクで、彼女の演技はそう教えてくれた。

メダリスト会見の終盤、海外の記者からこれほどいい状態で引退を思いとどまることはないのかと聞かれた坂本。「フリーの3曲目(エディット・ピアフ「Non, je ne regrette rien」)ですよ。“何も後悔はしてない”って意味です」。応援してくれた人たちにもっといい景色を見せたかったと涙に暮れたオリンピックのあとに、これ以上ないパーフェクトな演技と美しいドラマを見せてくれた大エースを、感謝とともに見送りたい。「かおちゃん、ありがとう!」

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―― 長いシーズンの最後にメダルを獲得して、いまのお気持ちを教えてください。
坂本 この結果は本当に良い締めくくりができるなっていう結果で。今シーズンは本当に自分が思い描いていたより遥かにきついシーズンで、思った結果にならなかったり、出来にならなかったりっていうことのほうが、もちろん多かったんですけど、それでも最後の最後こうやって金メダルを獲って、晴れやかな気持ちで競技から退けるので、もう本当にいますごく幸せです。

―― グランプリシリーズデビューのころと現在との変化のなかで、よかったもの、もっと変わってほしいと思うことを教えてください。
坂本 ここ数年で、選手同士がメディアとか関係なく称え合える環境ができたっていうのは、すごく選手全員にとって良かった変化だったと思うし、そのおかげで、試合に挑む時に、もちろん緊張する人も多いと思うけど、雰囲気があったかくなるので、試合もしやすくなるかなっていうのは感じます。

―― 引退後、いちばん競技が恋しくなるもの、逆にもういいと感じるものは何だと思いますか。
坂本 むずー!(笑)いっぱいあるねんけど……試合に向けて一生懸命練習をするっていうことが、きっと恋しくなるなって思って。毎シーズン新しいプログラムを作って、それを試合でしっかりパフォーマンスできるぐらい調子を上げて、いざ試合に出てしっかり結果を残すっていう、この過程がもうないんだなって思うと、それは結構いま思えばすごく青春だったなと思うので、それはすごく恋しくなるなって感じていて。うん、なんだろう……「もうこれはいい」かあ。ヒーーーーーーーー。(笑)なんでしょうね、食事制限とか? 競技のためにってやってきたことをもうしなくていいから、それはもうなんか、よし! って感じ。(笑)

―― オリンピックの後、この大会に出る決断をするのは簡単ではなかったと思いますが、この大会までの数週間をどう振り返りますか。
坂本 オリンピック終わってからは……終わってからというか、本当にフリーの直後から帰国するまでに、世界選手権出ようっていうのは決めて。でも、もともと迷ってた部分もあったので、補欠の(渡辺)倫果に、「ちょっと心づもりはしといて」っていう連絡は、もう年始からしていて。で、帰国と同時に、「すみませんが、最後出させていただきます」っていう連絡をして、倫果からも、「最後、かおちゃんが世界選手権で頑張ってる姿を見たいから、是非とも出てください」っていう返事をくれて。もちろん先生にも「出ます」っていうのをはっきり伝えて、そこから、「出るんだったら1週間ぐらい休んだら?」っていうのを先生から提案していただいたので、「じゃあもう思い切って休みます」っていうので、しっかり休んで。結局10日間ぐらいまったく氷に乗らずに、好きなことをして、好きなだけ休んで、心も体もリセットしてから、この世界選手権に向けて練習を再開したので。本当にその練習自体も、もちろん休んだから調子が落ちたので、必死に「上げないと!」っていうのが、もうなんか、それですらも楽しくて、もう本当に毎日練習充実してるなって感じながら、調子をどんどん上げていって、最後の1週間はショートもフリーだいぶノーミスでできるぐらい調子を上げることができて、いざこうやってやれたところまでできたので、オリンピック終わってからの1か月は本当に楽しかったです。

―― 表彰式から記者会見の間は何をされていましたか。また、坂本選手は史上最高のスケーター(GOAT/Greatest Of All Time)の1人と言われていますが、ご自身は自分をどうカテゴライズするか、ご自身にとって自分と並ぶようなGOATは誰だと思うかを聞かせてください。
坂本 えーとですね、表彰式終わってからここに来るまでは、ドーピング(の検査)に行っていました。(千葉に)あ、百音ちゃんと一緒に。 で、今日の出来ですか? なんでしたっけ。

―― 史上最高のスケーターの1人と呼ばれることについてと、坂本選手にとって史上最高のスケーターは誰か。
坂本 自分は、いままでやるべきことを毎シーズンやってきただけだし、それを近くで先生とかトレーナーさんがここまで引っ張り上げてくれたおかげで、こういう成績を残すことができたと思うので。もちろん自分だけの力でここまで上がれたと思ってもないし、自分だけの結果ではないと思うので、だからこそ、そういういい言葉を私につけてくれるのは、もちろんありがたいし、うれしいですけど、そう言われると照れくさいし、むずがゆいし。(笑)「ただやるべきことをやってきただけだよ」っていうのを言いたいです。私のなかでレジェントっていうのは、本当に伊藤みどりさんとか、荒川(静香)さんとか、(浅田)真央ちゃんとか、そういう人たちを思い浮かべるので、なかなかそこに自分の名前を連ねる勇気はないです。

-- Hi、カオリ!
坂本 Hi!
一同 (笑)

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―― 今季のプログラムはどちらもエモーショナルなものでしたが、感情が入りすぎてしまう心配はなかったですか。
坂本 フリーの曲は自分がやりたいっていう思いがあったので、それを振付師さんにお願いして振付をしてもらって。で、ショートは振付師のブノワ先生が、本当にいまの花織にはこの曲がぴったりっていうので選んでいただいて。もちろん見てくれてる人たちは「泣いちゃう」ってよく言ってくださるんですけど、やってる本人としては本当に必死にやってるので、エモーショナルな感情とか、やってる最中はなってる余裕はないです。

―― 今回、これまでのなかでも素晴らしい演技を見せましたが、引退を思いとどまったりはしていませんか。
坂本 いろんなものを犠牲にしてここまでやってきたので、このオリンピックシーズンっていういい区切りで、一旦……一旦じゃない。危ない、危ない、危ない。「一旦」とか言っちゃった。違う、違う、違う、違う。前言撤回。一旦とか違う。危なーい! 本当にキリのいいタイミングで退けるので、もうそれこそフリーの3曲目ですよ、「ノーン、ヌヌーン♪」のやつ、何も後悔はしてないっていう意味です、はい!

―― 今日の会場の応援がものすごかったのですが、それは坂本選手にどのような影響がありましたか。
坂本 今日の盛り上がり具合というか、ボルテージの上がり具合がびっくりするぐらい跳ね上がってて、声援っていうよりかは、叫び声みたいな(笑)感じなぐらい、応援の熱量がすごかったので、やっぱりその応援の期待には応えたいなっていうのはすごくありました。

―― 全日本選手権のあとに、スケート人生は虹色だとおっしゃっていましたが、これからの人生は何色にしたいですか。
坂本 これからの人生は……ちょっと虹色でラメを出しておきます。(笑)

―― 涙が出てきたのはいつだったのでしょうか。
坂本 演技中は、本当に最後のスピンまで「絶対気抜いたらあかん」って思ったので、全然途中では涙出なかったんですけど、最後のポーズしてからは、泣いたり、泣きやんだり、泣いたり、泣きやんだりみたいな感じで、蛇口めっちゃひねってました。(笑)

―― 表彰台での涙が本当に綺麗でしたが、4回目の表彰台の頂点で、どんな思いで日の丸を見て、どんな思いでメダルを受け取りましたか。
坂本 今日は「君が代」を聞いても絶対泣かないぞと決めてたのに、スーって流れ始めてからもう全然止まんなくて。もう、この「君が代」は自分で流せたんだなっていう気持ちで聴いてたら、もう全然ダーダー出てきました。(笑)

―― 長いシーズンが終わりましたが、この結果は最高のエンディングでしょうか。
坂本 オリンピックで思い描いていた結果にならなかったことが、本当にいっちばん……たぶん後にも先にも、これがいちばん悔しいなって思うような経験をして、シーズンの後半の最後の方にそれが来てしまったので。もうこれは世界選手権で、絶対金メダル、スモールメダル2つ、本チャンのメダル1つ、しっかり獲って帰らないと自分が満足できないって思って。それをしっかり果たすことができたので、まあ……終わり良ければ全て良しです。

―― この4年間、世界を引っ張ってきたことについての思いを教えてください。
坂本 この4年間、1番手みたいな感じでやってきたのは本当に大変だったし、ジュニアの頃から結構2番手が多くて、ずっと中野先生から“シルバーコレクター”ってずっと呼ばれてたんですけど。その時は本当に「運が良ければ優勝できたらいいな」ぐらいの感覚で、他の選手が強すぎたので、なかなか勝つチャンスがなかったから2番手だったっていうのもあって。追いかける側は、本当に必死にやるだけなのですごく楽だったんですけど、この4年は世界チャンピオンになったりとか、オリンピック・メダリストとしてみたいな、そういう肩書きが……自分が思ってなくても、勝手に重荷になってたりとか……。すみません、メディアの前なんですけど、メディアの方々とかから、「世界チャンピオンとして」「3連覇」「絶対女王」みたいな感じのを聞くと、やっぱり自分でそういう立場でやらなきゃいけないのかなっていうのが正直あって。それで結構、考えてなくても自然に苦しくなってしまったみたいなのは、多少やっぱりあったので、すごく大変だったんですけど、でもそれがすごくいい経験になったと思うし、2番手じゃわからなかった経験がこの4年で本当にたくさん経験できたので、いままででいちばん波を感じた4年間。2位だったら、今シーズンも良かったな、今シーズンここまで2位になれたのは良かったなみたいなので終われたんですけど、やっぱり自分に求めるものも増えてきて、細かく出来を気にするようになってから、やっぱりいろんな感情も生まれてきたので、この4年間の経験は本当にすごく大変だったけど、良かったなと思いました。

―― 中野コーチが、坂本選手のことを「誰かのために力が出る選手」と評していらして、今日も「誰かのために滑って」という感じで送り出したとのことで、そのあたり教えていただけますか。
坂本 最初、「私のために滑って」って言われて、その後、今年で(日本スケート連盟の)小林芳子さんが最後なので、「芳子さんのためにも滑らないとね」って言われて、1人追加されて。で、その後にトレーナーさんに「あ、トレーナーさんのぶんも滑ってほしいな」みたいな感じで、もう4人で跳ぼう! みたいな感じになって。4人で一緒に頑張って、それを花織が代表して滑るみたいな感じで言われたので、「それやったらできる気するな」と思って、試合に臨みました。

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