全米選手権を3連覇し、ミラノ・コルティナ・オリンピックの代表の座を掴んだアンバー・グレン選手。現在、26歳。ジュニア時代の2013年にジュニアグランプリで国際大会に初出場して以来、国際大会で初めて優勝したのは11年後の2024年ロンバルディア・トロフィー。全米選手権は8度目の挑戦で初優勝。”遅咲き”と呼ばれる彼女は、しかし、トリプルアクセルを武器に一度トップに踊り出て以来、トップシーンでの活躍を続け、2024年グランプリファイナル優勝、今年1月の全米選手権では3連覇を達成しました。
そんなグレン選手に、グランプリファイナルで来日した際にうかがったインタビューをお届けします。世界のトップにたどり着くまでに向き合ってきたメンタルヘルスのこと、トップ選手となって知った重圧やソーシャルメディアの声。「26歳まで自分が滑っているなんて想像もしなかった」という彼女の、アスリートとしての歩き方、経験と技術を兼ね備える彼女が見つめる女子フィギュアスケートの未来を聞いてきました。
団体戦の女子フリーに登場するグレン選手は、8日、念願の大舞台に立ちます。
マオ・シマダは目指すべき理想形
―― グランプリファイナルお疲れさまでした。ディフェンディング・チャンピオンというプレッシャーは演技に影響しましたか。
グレン 今回は、コンディションがベストな状況ではなかったから、ここに来たときに不安もありました。オリンピックシーズンということもあって、みんながしっかり仕上げてきていて、「去年優勝してるのに?」って言われても、「だってみんながめっちゃいいんだもん!」って。それに今回は自分に集中してベストを尽くすというより、みんなに追いつこうとしていたかもしれません。モネ(千葉百音)がどうエッジを使うか、どんなフットワークをするかを見ていたし、彼女はスケーティングスキルも美しい。軽やかで私とは全然違う。私はもうちょっとタフで、あんなに洗練されていないし、持っているスケーティングスキルもやっぱり違う。ショートの日はとくにそんなふうに考えてしまっていました。でも、そのあとにもっと自分に集中してやるべきことをやらないと、と思い直したんです。
―― 千葉選手もフリーでは思うような滑りとはなりませんでした。SPトップのプレッシャーもあったのではないかと想像します。
グレン SPは本当に素晴らしい演技で彼女自身もすごく楽しんでいましたよね。SPもよかったし、直前のGPフィンランドもよかった。私も見ていたけど、とても美しかった。だから、彼女自身も優勝の可能性を感じたんじゃないかと思います。いつだって、それが、難しいんですよね。
―― トップで戦うことの難しさを感じました。
グレン そうですね。私も昨日のフリーはうまく滑れたと思うけど、自分の感覚としてはよくなかったんです。1番滑走がすごく久しぶりで、ウォームアップのときはパニックになっていたし、呼吸が苦しくなって衣装を引っ張っちゃったりしていました。だから、一度感情をシャットダウンして、ただ仕事をこなすようにしました。本当の意味ではパフォーマンスできていなかったんです。そうすることでジャンプを跳ぶことはできるけど、演技を楽しむことはできませんでした。次は楽しんで演技したいなって。
―― それでも、お客さんはあなたの演技に喜んでいたと思います。
グレン 本当にありがたいことです。でも、次はお客さんと1つになって、私自身も演技を楽しみたいです。ただ、私に成さねばならないことがあるんですよね。それを通して、楽しむこともしたいですね。
―― 息が苦しくなってしまうのは、フィジカル面で他に影響することがあるんでしょうか。
グレン いいえ。怪我もしていないし、身体的にはOKです。不安と緊張です。それも「試合の緊張」ではなく、日常的なもの。渋滞にハマっちゃったり、夕飯を作っていても、電話をとるのだって、フーッと息が苦しくなってしまう。スケートに限ったことじゃなくて、学校に通っていたときなんかは四六時中だったし、本当に多くのことに不安を感じてしまうんです。だから、メンタルヘルスに取り組むようになって、セラピーを受けたり、いろんなことを試すようになりました。この不安のせいで試合もずっと大変になるし、困っていたので。氷上で滑るのは他の誰かが周りにいてくれるときとは違う。演技をするときは完全に1人。誰とも話すことはできないし、演技を止めることもできない。話せるのは自分自身とだけだけど、ひとり言がときどき悪さをしたりしてね。
―― これまで、女子シングルでは比較的若い選手がトリプルアクセルや4回転などの難しいジャンプに取り組み、経験を得るごと全体をパッケージとして演技をまとめることに重きを置く選手が多かったように思います。そのなかでグレン選手は、経験を積んで高難度ジャンプにも取り組む稀有なスケーターだと思うのですが、これからの女子シングルはどう進んでいくと考えていますか。
グレン 私たちはちょうどいいヘルシーな中間地点に向かっているんじゃないかと思います。難しいこともしたいけれど、ホールパッケージで揃えることも妥協したくない。私自身はどちらかというとジャンプの側にいて、もっと全部を揃えるほうに力を入れていきたいと思っています。これまでは感情で滑ると泣きそうになっちゃって。感情全部をつぎ込みすぎて、意識があちこちにいって演技を台無しにしちゃうくらいだったんです。いまでは、昨日みたいにフッと感情をシャットダウンしてジャンプやエレメンツを遂行できる。それもいいことなんだけど、やっぱり心で滑りたい。けど、それが難しい。だって難しいジャンプをしようと思えば、それだけ集中もしないといけないし、心を映そうとすれば「どうしよう!どうしよう!」って、やるべきことをほとんど忘れちゃって、バカみたいだけどスイッチをプログラムのなかで絶えず切り替えていくのは本当に大変なんです。
―― なるほど。
グレン 年齢を重ねれば自分の体に言うことを聞かせないといけなくなっていきますよね。若いときは立とうと思えばパッと立てるし、反射的に体が動くけれど、大人になると「じゃあ、ゆっくり立ち上がりますか」って考えないと動かなくなる。小さい子どもがいたりするとまた違うでしょうけど、大人は少し考えないと動けない。でも、違うんです。それは、より頭を使わないといけないというだけ。いまはシニアの年齢制限が上がって、ジュニア選手たちも全体的な成長が求められるようになったと思います。そして、マオ・シマダ(島田麻央)です。彼女のような選手たちがシニアに上がってきたら強さを発揮すると思いますよ。彼女たちは、トリプルアクセルや4回転だけじゃなくて、私がこれまで見たなかでも最高に素晴らしいをスピンを練習する時間もあったし、ジュニアでは見たことがないくらいの表現力を磨く時間もあって、ホールパッケージを揃える時間があったんです。それもシニアに上がる前に。マオはすでに長いキャリアを築いていますが、きっとこれからも輝かしいキャリアは続いていくでしょう。5本の4回転を跳ぶ選手と戦っているわけではないし、彼女自身ももっと4回転を跳ばなきゃいけない立場でもない。彼女は理想形だと思う。彼女こそが、私たちが将来目指したい方向性――というのが、私の意見です。
―― いっぽうで、シニア男子では今回、イリア・マリニン選手が全6種類の4回転をフリーで成功させました。
グレン ほんっとに、まったくね! 奇跡みたいなことをやっちゃうんだから。彼は確かに最高の両親のもとに生まれていますが、両親が素晴らしいからと言って、本人も最高のアスリートになるとは限りませんよね。だけど、彼の場合は、それに加えて、努力が出来て、このスポーツを愛する心も持っている。彼はスケートが大好きなんですよ。好きすぎる。情熱まであるんだから、努力と情熱で最高のコンボが決まって、スケートにとって完璧な存在。フィジカルも格別だし。たとえば、私自身はスケートに合っている体格ではないから、自分の自然な姿がうまくスケートでも機能するように使っているけど、彼の場合は自然にしていればスケートに合うように体が機能する。彼に聞いたことがあるんです。「どんなことを考えて滑っているの?」って。そしたら「とくに何も」って。あーはいはいって感じ。(笑)
オリンピックに出るなんて夢にも思わなかった
―― このあと、全米選手権には2連覇中のディフェンディング・チャンピオンとして臨むと思いますが、2連覇の実績は自信と重圧ではどちらが大きいですか。
グレン そうね、すごくおもしろいかな。だって、現役世界チャンチャンピオンのアリサがいるんですよ。去年は私自身、シーズン全勝していたので「勝たなきゃ!」って思いすぎていたところがあったんだけど、今シーズンは勝たなきゃいけないなんて思わない。ミラノへの準備として自分にできる最善は何かって考えるんです。というのも、最高の準備ができればオリンピック代表に選ばれると思っているから。だからいちばん大事なのは、試合を楽しめるかどうか。私たち女子のトップ3はここまでのランキングで確かな存在感を示せたと思う。もちろん最終選考は全米選手権ですが、私たちが怪我なく、きちんと演技をすれば、イザボー(・レヴィト)とアリサ、私がオリンピックに行くことになると思っています。もちろん最後まで何があるかわからないけどね。何があってもおおかしくないし。だからこそ、私は自分にできることをして、演技を楽しむ。昨日できなかったことを、全米ではやってのけたいと思います。
―― カップ・オブ・チャイナでアリサ選手にインタビューした際に、チームUSAが強いことが精神的な助けになっていると話していました。たとえ自分に結果がでなくても--
グレン 私たちがメダルを獲ってくるからってことね。(笑)
―― だから、演技を楽しむことに専念できると。グレン選手にとっては、チームUSAの存在が助けになることはありますか。
グレン チームUSAのみんなは本当に優しくて、背中を押してくれます。スターズ・オン・アイスで一緒にツアーを回っていて仲もいいから。みんなで一緒にオリンピックに行って切磋琢磨したいですね。スケートの技術や点数でもみんな近いところにいるから、誰がトップになってもおかしくない。相手を倒したいんじゃなくて、それぞれが最高の自分を出して一緒に楽しみたいって感じかな。チームUSAはすごく強い。グランプリファイナルではここ2年、4カテゴリー中3つで優勝していて、去年は私もその一端を担いました。残念ながら今回はそうはならなかったけど、それでもチームUSAが3カテゴリーで優勝しましたよね。すごいことだし、テレビがなんて言おうと、ミラノで活躍できるんだと見せられたと思います。ミラノで私もその一員になれることを強く願っています。
―― 普段、ソーシャルメディアはチェックしますか。
グレン いちフィギュアスケートファンとして楽しんでいます。長いこと私はトップでは戦っていなかったので、私の話になんかならなかったから、私もファンのみなさんと同じように見ていました。だけど、トップで戦えるようになると、私の話題も増えてきて、「うわ、そう取り上げないで」って思うこともあります。でもまだソーシャルメディアはチェックしています。試合のときは減らすようにしてるけどね。
―― 勇気づけるような投稿もありますが、同時にやはり選手を傷つけてしまうネガティブな投稿もあると思います。ソーシャルメディアを使ううえで、気をつけていることはありますか。
グレン みんなが自分の考えを持っていますから。こちらが何をしたって、何かを言ってくる人はいます。真実であるかどうかは関係なく。ただ、私が自分のしていることに幸せを感じている限り、そんなのはどうでもいいこと。それに、オンアイスでもオフアイスでも自分が何をしているか私自身はわかっていて、ダメなことよりいいことのほうが多いんだって自分は知っているんです。見てくれる方を勇気づけたり、SPのような日も強い意志でもって乗り越えて、フリーを成功させるという意志を示したり。だから、たとえ否定的なことを言われても、私自身はできる限りポジティブでいたいなと思っています。
―― では、アスリートにとって言葉で自身を表現することはどのくらい大切なことなのでしょうか。グレン選手はとてもオープンに自分の言葉でご自身のお話をされますよね。
グレン 本当に何をやっても、何か言ってくる人はいます。理解してくれる人もいれば、そうでない人もいて、意見としてはどちらも尊重されるべきだけど、そうなると、自分のことをなかなか話さない人も出てくると思う。それでいいと思います。彼らはプライベートは閉ざして、アスリートとして自分たちがしていることを示したいわけだから。私の場合は、伝えたいこと、共有したいメッセージがたくさんあるってだけです。私はやっぱりずっとトップ選手だったわけではなくて、だけどスポーツにおけるメンタルヘルスのことを広めたいとか、クィアコミュニティを応援したいとか、そんなことをずっと考えてきた人間です。演技で自分を語ることが難しい時期が長かったというのもあって、私自身は率直に発言するようにしています。それが、私らしさなんです。ただ、いまは少しずつパフォーマンスと社会活動の両方で認められるようにがんばっています。つまり、自分について言葉で伝えることも、そうしないことも、どちらを選んでも完全な正解だと思いますよ。私が率直なタイプというだけなんです。
―― さて、オリンピックがいよいよ近づいてきましたが、オリンピックへの思いを教えてください。緊張感と高揚感はどちらが大きい?
グレン ワクワクしてますよ。絶対に素晴らしい経験になると思います。よく知るみんな、とくにこの1年半くらいすごく支えてくれたみんなと一緒に行けたら、信じられないような素晴らしい機会になるはず。そうなりますように! みんな仲がいいから、何が起きても、いい演技ができても、たとえできなくても、きっと一緒になって世界最大の祭典で戦えることを楽しめると思います。子どものころは自分がオリンピックに出るなんて夢にも思っていませんでした。幼いころでさえ、自分はそんなところに届くほどうまくはなれないって思っていたし、高望みはしない現実的な子どもだったんです。いまは、もしかしたらオリンピックに行けるかもしれない、可能性があるというだけで励みになります。だから、オリンピックでパフォーマンスを楽しめるように一生懸命努力したいと思っています。
―― ありがとうございました。
(2025年12月7日、グランプリファイナル最終日の共同取材より)



