決断と、挑戦と
そして、今シーズン。シーズンインを前に、河辺はある決断を下す。全日本で一度折れたときに勇気を与えてくれたリンクメイト、鍵山優真と同門への移籍。言わずもがな、師事するのは鍵山正和コーチだ。以前からジャンプを見てもらえる機会があり、その指導を受けて試合でも思い通りに動けるようになったという好感触から、メインコーチについてもらえないかと掛け合った。鍵山コーチのジャンプ指導について、河辺はこう話す。
無駄な動きがなく跳べるようになってきた感じがしています。今まではすごい力みながら跳んでいる感じがあったんですけど、スムーズに跳べるようになったと自分でも感じられる。(鍵山コーチのジャンプ指導は)すごい理論的というか、これがこうだから、滑っているとこっちがこうだから、みたいな感じで細かく教えてくれます。4、5月くらいまでは、0回転、上がるだけのところから、シングル(ジャンプ)をやって、動きを確認して、次トリプル(ジャンプ)みたいなのを全部のジャンプで練習していました。しんどかったんですけど、分かるようになってからは、ジャンプが楽しくなった感じがします。
スケーティングは、今季から鍵山コーチのアシスタントに就任した小平渓介コーチのもとで磨いた。小平コーチはプリンスアイスワールドのメンバーとしても活躍している。
スケーティングから、(エッジに)乗る位置からすごく細かく教えてくださって、バッククロスからやり直して。だめ出しをいっぱいされて、自分はそんなにできていなかったんだという気づきになりました。今もプログラムの1回ごとに、こことここができていなくて、と細かいフィードバックをくださるので、毎日が新しい気づきというか。ジャンプと両立させるのがすごい大変なんですけど、充実しているなと思います。
ジャンプもスケーティングも徹底的に磨き直し、臨戦態勢を整えていく。プログラムは、SPが“楽しい”に振り切った「ラ・ラ・ランド」。初めてシン・イェジに振付を依頼した。鍵山優真のエキシビションナンバーを振付した縁で、鍵山コーチから「すごくいいプログラムを作ってくださるからどうかな」と提案があったのだという。外国人コリオグラファーに振付を依頼するのは2人目だと言うが、「挑戦というか、今までと全然違うプログラムを作ってくれそうだなと思って」と前向きな気持ちになった。フリーは、4シーズンぶりにタッグを組むローリー・ニコルの振付で、ムーンフラワーがテーマの幻想的なプログラム「Fountain of Eternity (feat. Bianca Ban)/ Keeper of the Night」。ニコルは、スケーティング、表情、姿勢に至るまで細やかにプログラムを伝授し、河辺も言われたことをノートに全部書き留めるなど、必死に食らいついた。

再びのトリプルアクセルへ
今季初戦のみなとアクルス杯(7月20~22日)は、松生理乃に次ぐ2位。首位に立ったSP後もフリー後も「今までの自分の初戦と比べると全然いい演技だった」と、確かな手ごたえを掴んだ。鍵山コーチは、ウォームアップの前後、6分間練習の前、本番の前に都度「落ち着いて」と声をかける。河辺も「これをこう気をつけて、こうしてって毎回言ってくださる。1回(だけ)言われても緊張して忘れちゃうんですけど、(毎回言ってくれるので)ハッとなって落ち着くことができます」と話し、鍵山コーチとの強い信頼関係を語った。

そして、全日本選手権へ直結するブロック大会を迎えた。今シーズン、河辺の所属は「オリエンタルバイオ/中京大学」となり、それにともなって出場するブロック大会は、中部選手権から東京選手権へと変わった。SPでは冒頭のアクセルが1回転になり、演技直後はため息をつくような表情を見せたが、フリーでは神秘的な歌声に乗せながら、ここまで手を抜かずに練習を積んできた意地を足に込めるようにして、すべてのジャンプを着氷。安堵と喜びがあふれた表情でラストポーズで上げた両腕を振り下ろした。しかし演技後には「(フリーの点数を)120にとりあえず乗せられたというのは安心していいところかなと思います。落ち着いて東日本選手権までに練習していけば可能性は見えるのかな」と、冷静に前を見つめた。
そして迎えた東日本選手権、河辺はここまでの試合と比べ、一段と引き締まった表情をしていた。SPは3回転ルッツがこらえるような着氷になったものの、そのほかは加点がつくという完成度でまとめたが、演技直後に唇を噛む。ミックスゾーンで「こっちに来るまでの間、すごい緊張感を感じながら練習していた」と明かした。翌日のフリーは集中した表情で、1つ1つのエレメンツに立ち向かうように滑っていく。ミスが出ても、リカバリーにリカバリーを重ねて貪欲に点数を積み上げていったが、最後の3回転サルコウで転倒。キス&クライでは祈るような表情で点数を待ち、うなだれる。傍らに座る鍵山コーチがいたわるように肩をポンポンと叩いた。結果は2位。表彰台に立って撮影に応じるときにも、河辺の目はカメラのレンズではなく、3回転サルコウを見つめているようだった。
サルコウ……時間がちょっとなくて焦ったまま跳んでしまった。落ち着いて最後までやりきれなかったっていう悔いが残っています。
言葉少なに演技を振り返るその声色には、詰めて詰めて練習してきた日々の厳しさ、環境を変えて挑む今シーズンへの思いの強さがにじんでいた。

東日本選手権から3週間後、河辺は都民体育大会に挑んでいた。フリーでは、4年前に自らを夢舞台に導いてくれたトリプルアクセルに今季初めて挑戦し、着氷。優勝を果たした。全日本選手権まで残り1か月というところで、希望の光が差し込んだ。
大きな決断を下し、壁にぶち当たりながらも、覚悟を決めて羽を温め続ける、今シーズン。4年前の「飛躍の地」である全日本選手権が、まもなく開幕するーー
