3月25日、世界選手権2026がチェコ・プラハで開幕し、最初の競技として女子ショートプログラムが行われました。これが引退試合となる坂本花織選手(シスメックス)が79.31点のシーズンベストを出して首位に立ち、千葉百音選手(木下グループ)が78.45点で2位に、アンバー・グレン選手が3アクセルと3ループを決めて3位で追う展開です。中井亜美選手(TOKIOインカラミ)はアクセルが2回転となり、8位につけています。
ショートプログラム後の記者会見では、上位3選手がオリンピックでの体験を振り返り、お互いの絆について語る一幕がありました。
坂本花織「アンバーは私ができることは何だろうというのを考えて、すぐ行動できる人」
「深く考えて取った行動じゃないんです」
アンバーはそう語り始めた。「オリンピックで、泣いている坂本選手をカメラから守ったり、涙する千葉選手をハグしたりする行動が話題になりました。あのときのことについて話してもらえますか」と質問したときのことだ。
「私自身のSPのあと、泣いているのを間近で見られているのは気分のいいものじゃなかった。こんなの近すぎるって思ったし、撮っていいときと引くべきときの分別をつけるのも彼らの仕事だと思いました。テレビ受けはするかもしれないけど、私たちは人間です。これはリアリティショーじゃない。私たちはテレビに全部撮られるという契約で来ているわけじゃなくて、アスリートとしてやるべき仕事をしているんです。それもべつに大ごとじゃなくて、ちょっとした思いやりみたいなことですよね。百音についても、誰かの心が壊れそうになっているのを見るのは、私の心も壊れてしまうような気がする。演技を終えたときの感情とか感覚っていうのは強烈で、しかもいろんなことが一気に起こって、爆発してしまうみたいな気持ちになるんです。そのときに、目の前にカメラや人々が迫ってくる。それってときどき本当に大変で、称賛や注目はうれしいけれど、ちょっとした思いやりをもってほしいなと思うときもあるんです」
自分も辛かったから、ほかの選手が同じような状況になったときに、とっさに動いた……共感力に満ちたアンバーの発言を聞いて、しばらく考え込んでから、まず胸のうちを明かしたのは千葉百音だった。
「オリンピックのフリー演技が終わったあとは、自分のなかでやりきったという思いと、それとはまったく真逆の、まだ自分は届かない壁があるという、複雑な思いで涙していたところもあったので、自分のなかで落ち着いて感情を処理しきれないときに、『よくやったよ』とアンバー選手に言っていただけたのはすごく心強かったです。終わってしまったものとか、してしまった失敗だとかの後悔は、するだけでは絶対に次に進めないと思うので、いかにそこから早くそれを糧にして前に進んでいくか、というマインドに切り替えていくのが、アスリートとしていちばん……何回折れてもしなやかに帰ってくる本当の強さだと思うので、美談と言うにはあまりにも大げさとは思うんですけど、心の底にいつも留めておきたい考え方かなと思います。本当にあのときはアンバー選手に救われました」
オリンピックでもっとも気持ちが高まった瞬間について、噛みしめるように話した千葉。聡明な彼女は、話すうちに、オリンピックで改めて想いを新たにした「アスリートとして大切にしていること」をも垣間見せた。続いて、坂本も「話させていただきます」と気持ちを明かしてくれた。
「オリンピックのときだけじゃなく、どの大会でも、アンバー選手は支えてくれるし、励ましてもくれる。今シーズンに限らず、ずっと戦っていくうえで、こうやって“与えること”ができる選手が近くにいるのは、私自身も心強いです。どうしてもやっぱりライバル同士、試合前になると接触というのはあまりないんですけど、その概念を覆したのはアンバー選手かなと思っていて、困っている人がいたら助けたいとか、いまこういう状況だから私ができることは何だろうというのを考えて、すぐ行動できる人です。その行動に私たち日本人もすごく救われた部分がたくさんあるし、それを彼女がやりたいからやっているというのがすごく伝わってくる。自分もそういうところは、一緒と言っていいのかわからないですけど、やっぱり助けたいと思ったときは自分のことは置いといて、助けていきたいというのは、気持ち的には一緒なのかなって思うので、彼女の行動は本当に人として素晴らしいなと思います」
普段は言語の壁があるため、じつは通訳が入る記者会見の場は、言語が違うスケーターたちが素直な気持ちを詳細に伝え合うことができる機会でもある。グレンは、千葉と坂本の言葉を、胸を押さえ、涙ぐみながら聞いていた。誰にとっても心を大きく揺さぶられる試合だったオリンピックの体験を、同じ目線で振り返って分かち合い、互いに思いやりを寄せるスケーターたちの姿がそこにあった。
選手生命を伸ばすという、大きな貢献
会見の前半では、坂本が「初めて出場したジュニアグランプリがチェコのオストラヴァで……」と話すと、グレンが「私も!」とジェスチャーで坂本に伝える場面があった。そのことを問われたときも、坂本がまず、
「もう13年前かというぐらい本当に月日の流れは早いなと感じますし、こうやって13年経ってもともに戦える、この環境が素晴らしいなと思うし、どうしてもやっぱり女子は早く現役を引退してしまう傾向にありがちなんですけど、それでもこうやって私たちがどんどん選手寿命を延ばしていって、女子フィギュアスケート界で息の長い選手をどんどん増やしていけて、ここまで来ているんじゃないかなと思うので、本当に今日の試合まで一緒に戦えるのはすごくうれしいです」
と話すと、グレンもこれを受けて言い添えた。
「同じことを考えてた! 花織はヘルシーなやり方で、長い間トップで戦えるんだという模範を示してきた人で、ずっと私の憧れでした。何度も北京オリンピックの演技を見返しては、すごいと思っていた。ここ数年の競技はすごくエキサイティングでしたよね。それは私たちが健康的な方法で努力を重ねてきたことの証だと思う。それにお互いの国である種のリーダーシップを発揮してきたと思っていて、それが日本での花織のように、新しい世代を育てることにもつながっています。私たちどっちもにとって、すごくいいことだったと思う」
長年ともに戦い、たどってきた軌跡は違いながらも、共通する体験を重ねつつお互いの存在を支えにしてきた坂本花織とアンバー・グレン。そして彼女たちの薫陶を受けながら、「私は体が動く限り、続けたい。お二方はワンランク上の選手で、女子のフィギュアスケーターの寿命を伸ばしていることが本当に偉大だと思いますし、自分も本当にゴールを決めずに行けるところまで行けたらと思います」と、これからへの覚悟を見せる千葉百音。スケーター同士の美しい絆と、手渡される継承を感じさせるひとときとなった。




