どんなに好成績を収めても、「悔しい、まだできることがある」と言う羽生である。完璧としか形容のできないNHK杯の2つの演技を終えて、もちろん彼の目はすぐに次の試合に向いた。グランプリファイナルだ。
12月10日、グランプリファイナルSP、「ショパン バラード第1番」。これ以上ないと思われたほどのパフォーマンスを、羽生はやはり超えてみせた。わずかな齟齬を修正し、これまでに一度も見たことがないほど完全無欠の4サルコウと4トウ+3トウを成功。後半の3アクセルも、難しいエントリーから着氷の美しさまでがひとつの表現として完結している。さらに特筆すべきは、この日のスケーティングが音楽を完璧に表現していたことだ。ショパンの粒立つ1音1音が羽生の体からあふれ出すような、羽生自身が音楽の化身となったかのような演技。5項目の演技構成点のうち、パフォーマンス/エグゼキューション(演技・実行)の項目は10.00満点がつき、演技構成点全体でも50.00満点中49.14点という驚異のスコア。110.95の高得点で、2週前に樹立した自身の記録を再び更新した。
「NHK杯の評価を超えなくてはいけないというプレッシャーはあったと思います。ただ、それ自体をちゃんと感じながらコントロールできた。この曲は2年目で、1年間しっかり練習してきたし、NHK杯でも自信を得た。やはり聴き込んできていることは大事だし、ジャンプが1つ1つ決まっていることで、自分がよりピアノの曲に乗っていける。ジャンプ、スピン、ステップがその曲の一部として決まっているからこそ、受け取ってもらえるんじゃないかなと思います」
12月12日、グランプリファイナルフリー。会場に凛々とみなぎる期待感を背に、羽生は印を結び、静かに前を見据える。滑り始めて、SPに続いて文句のつけようがない4サルコウと4トウを降りる。両方ともGOEで+3を獲得。NHK杯での目いっぱい攻めていくフリーとはまた様相を異にし、1つ1つの要素、そのつなぎをさらに洗練させていこうという意図を感じさせる演技だ。中盤のステップを水際立ったエッジワークで魅せると、演技の後半へ。4トウ+3トウ、3アクセル+2トウ、3アクセル+1ループ+3サルコウ。驚くべき完成度で満場の観客を圧倒していく。最後の3ルッツも着氷後の振付も含めてしっかりと成功させた。コレオシークエンスでは会場が興奮の坩堝と化し、滑り終えた瞬間に天井が崩れ落ちるような大歓声。
得点はフリー219.48、総合330.43。再び世界最高得点を更新したことを確認した羽生は、キス&クライで涙を見せた。安堵、喜び、さまざまな思いがあふれた。
2大会連続して記録を更新する精神力を発揮した教え子に、ブライアン・オーサーコーチは賞賛の言葉を贈る。
「彼はまたもやり遂げた。何もかもがうまく噛みあって、この結果をもたらした。世界記録を再び達成できたことはいい自信になるだろう。ここからスコアを伸ばすためには、新しい挑戦に取り組まなくてはならない。次に4回転ループを入れることになったとしても私は驚かないよ。いまは4ループを跳ぶと、まだ踝と膝に痛みを感じるようだから、慎重に進めることになるが。けれども、しばらくのあいだは、ただこの偉業を味わえばいい。彼は心身ともに強くなった。次のステップを自分で見出すと思う」。羽生の自主性を最大限に尊重するコーチングは、新たな段階に入っているようだ。
「世界最高得点という評価もすごくうれしいけれども、それよりも、自分がどれだけ自分の演技を究められるか、1つ1つの要素、表現を究めていけるか。それがいちばん大事だと思っている」。2つの試合を通して再確認した決意を胸に刻んで、自分自身との戦いへと新たな一歩を踏み出す羽生。いっぽう、奇跡を目撃した多くの選手たちは、絶対王者の背中を追ってそれぞれの道をひた走る。羽生結弦という天才を中心に、フィギュアスケートは新しい時代を迎えたといっていいだろう。
取材・文:編集部 Text by World Figure Skating
(2015年12月刊行「ワールド・フィギュアスケート」72号より許可を得て再掲)

ワールド・フィギュアスケート72号
発売日:2015/12/25
羽生結弦が快挙を成し遂げたGPファイナル、NHK杯を中心にGPシリーズ後半戦をレポート。全日本チャンピオンの連載は佐藤信夫が登場。シブタニズが読者の質問に答える特別企画も掲載。
書籍情報:新書館サイト



