1月13日、ミラノ・コルティナ・オリンピック代表の佐藤駿選手が、ホームリンクの埼玉アイスアリーナで練習を公開しました。練習後には、佐藤選手、日下匡力コーチ、浅野敬子コーチが取材に応じ、2月6日から始まるミラノ・コルティナ・オリンピックに向けての思いを語りました。

この日は、日下匡力、浅野敬子両コーチとともに、氷上でプログラム練習を中心に、ステップやコレオシークエンス、ジャンプの確認などを行った。

今シーズンはGPシリーズ3戦、全日本選手権で表彰台に上がり、メダリスト候補として初めてのオリンピックに臨む佐藤。「ジャンプの安定感、コンポーネンツの部分など全体的にプログラムをよりいいものをしていきたい」と反復練習でプログラムのディテールを確認した。いっぽうで、得意の4回転ルッツや4回転トウのコンビネーションのほか、プログラムには入れていない4回転フリップも練習。「フリップの練習は続けていて、次の試合や来季に向けていまから取り組んでいっている」と、大舞台を前にしても先を見通した練習も継続している。通し練習でも4回転を成功させ、調子は上々の様子だった。

仙台出身の佐藤は、2011年の東日本大震災の際に当時師事していた浪岡秀コーチの紹介で浅野コーチのもとに身を寄せた縁もあり、2018年から現在のコーチ陣のもと埼玉アイスアリーナで練習を積んできた。幼いころの佐藤を振り返って、浅野コーチは「とても礼儀正しくて、全員の先生にきちんと挨拶してから練習を始めていました。口数はいまと同じでとても少ない感じでしたけど(笑)、本当に可愛かったです。(震災時に)春休みが終わって1回仙台に戻るんですが、まだ滑れるところがないから、その後も何ヵ月か川越(当時の浅野コーチの拠点)でお預かりしていたんですけれど、ダブルトウができなくて。ダブルルッツまで跳べるんですけど、なぜかダブルトウができなくて、来る日も来る日も、私の前で何十回何百回とやっていたことを思い出します」と懐かしみ、「これをやってと言ったら、そのメニューを絶対やる子で、レッスン時間よりもすごく前に来て、仙台時代からのルーティンを全部やってからレッスンに入る。努力を抜かすことがない、決まったことをきちっとやる子でした」と、”ジャンプの天才”の裏には努力の積み重ねがあったことを語った。当時の佐藤が感謝の思いからコーチへ伝えたのが、「浅野先生をオリンピックに連れていく」。8年を経て、その言葉を実現した。

いよいよ目前に迫ってきたオリンピックへ向け、日下コーチは「今シーズンは6月に怪我をしてしまって、そこから根本的にスケートを見直す機会もありました。気持ちを切り替えるのがとてつもなくはやい子なので、そこを生かして練習をうまく積み重ねることができ、結果が出てきたと思います。その結果もあって順調にここまでこられたというのが本心です。やっぱり怪我と闘ってきた分、苦しんできたこともすごくあったんですけど、試合を重ねるごとに、オリンピックへ向かっていく気持ちや、メンタル、技術もさすがだなと、自分は思えていました。いま、オリンピックまであと1ヵ月を切っているなかで、いままで培ってきた気持ちのコントロールや練習の仕方も生きてきているなと思って見ています」とコメント。「目指すところはオリンピックのメダルを獲ること。技術に関しても何を降りないと、何ができないと、そこを目指すことができないという終着点は決まっているので、それに見合った練習ができている」と、コーチ陣も教え子の仕上がりに自信をのぞかせた。

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